「母は・・・」
やっと絞り出した声だった。
この場に及んで父の生を知らされ今一度母の死を実感した。
夢を見ていた訳ではない。
ただいつかどこかで誰かが迎えに来る事など無いのだと思っても心の片隅に欠片は突き刺さって。
ただ一年前これらを聞かされた時は、ここまでの実感が無かっただけだ。
ああそうかと淡々飄々と受け入れたのは、実感を持てなかったからだと今更に知った。
今持てる理由。
目の前にふと立つハリスの存在をどこか懐かしく感じた理由。
母が会わせてくれた人。
何故にかそう思った。
母が大事にした人。
助けた人。
ボロボロ涙を零すソヨンの眦をスッと骨太い指が滑った。
「解ったか」
何をと聞くまでもなかった。
運命を掴みたいと言ったハリス。
運命には逆らえないと言ったソヨン。
「これも運命だ」
どちらも正しくどちらも曖昧で。
「お前の運命ひっくり返っただろ」
「・・・貴方の運命もひっくり返ったじゃない」
古いしきたり。
そんなものに従うだけの気概はハリスの中にはなかった。
考えを変えた人。
初見にも関わらず欲しいと思わされた人。
ソヨンの中でも。
あったのはどこか懐かしい風を運んできた人。
ただそれだけでどこか惹かれた人だった。
絡めた指先をグッと握りこんで立ち上がった二人は引き締めた顔で院長様に向き合っていたのだった。