両手を広げてもこの手の中には納められない。
そんな判り切った事でもこの手の中に入れてみたいと真似事をして笑い案内された畑の真ん中の花見櫓とも見える東屋でソヨンは大きな感嘆を漏らしていた。
野菜畑とはいえ階上からの眺めは生育の様子を見渡せ害獣駆除にも役だっているらしく眺めは素晴らしいものだ。
「今年も凄いのねー!豊作!?」
「んだ新しい種ばーも植えったがんなー育つかわがんなかったけど生きるもんだなー」
小さな台所も据えられお茶を出し終えた老人は早々に腰を落ち着けた。
「腰ぃば痛くなってアドゥルさ働くないわれんけんど動かねぇとボケちまぅわぁ」
隣に小さな男の子を座らせ老人がお茶を啜った。
「で、そのちっこいのは監視役!?」
「こりゃぁお嬢のアドゥルさぁの!ほれお嬢がよく言っちゃたが食べるより作るがよくて飯ぃ食わんのでここばぁ連れて来ちゃぁ生野菜食わしとるんよ」
「えっそうなの!?食べ放題じゃない」
老人の孫かと思っていただけに些か驚いたとソヨンは、まじまじ子供を見た。
「何それ!?」
子供の手は器用に水筒から液体を皿に流し込み立ち上がっていた椅子に腰を落ち着けている。
「ドレッシング」
「んなもんばぁ作って来やる」
「実験みたいね」
不思議な言葉とばかりに首を傾げた少年にソヨンが微笑み頭を撫でた。
「家庭教師がついているならそれは教えてくれる人でしょ色々を」
「料理も!」
「料理でも何でも!知るというのも作るというのも勉強というのよ」
「シェフになれる!?」
こてんと小さな首を傾げる少年はソヨンを見上げた。
「なんでも・・・そうなんでもなれるわよ・・・貴方未だ小さいんだから」
立ったまま遠くを見遣ったソヨンに老人が心配顔で声をかけた。
「ソヨナ何かあったばか」
「んー、それを相談に来たんだけど・・・今日は会えないかなぁ」
会いたい人は今日は忙しいらしく畑を行く黒服の集団を見つめたソヨンは、数年前ここで見かけた人々と一年前に結んだ微かな縁に思いを馳せた。
今またその縁は確かな波動を以て動き始めている。
運命など信じてないと言った男は足元のさざ波を大きな波にしようと必死になっていた。
その必死さに────惹かれて。
出来ないのではなくやらないのだと。
たった一日。
たった数時間。
忘れられない恋をして別れることさえ楽しんで。
それで良かった。
それが良かった。
二度と会わない人だからすべてをさらけ出し様々初めての感情に戸惑いもしたけれど一瞬の邂逅を信じて。
先はいらなかった。
何より彼がもたらしてくれたものが全てだった。
それで終わった筈だった。
そう終わった筈の繋がりだった。
今また思い悩まされているそれらにどうするべきか考えているソヨンであった。
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