何不自由ない生活だった。
不安は感じず、不満はあっても微か。
淋しさも。
母は居らず父にも滅多に会えない。
けれどそのどれにも仕方がない、当たり前と思うに足るだけの理由があって。
学校へ行きたくないと思ったのはいつだっただろう。
側近く世話を焼いてくれた使用人は、運転手でもあり、小さな頃から面倒を見てくれた父とも祖父とも呼べる人で後部シートでの呟きを漏らさず聞いていてくれていた。
「行きたくないなら行かなくても宜しいです・・・で、もそうですねお時間を潰せる場所がありますか・・・ね」
家と学び舎の往復。
決まりきった場所への外出。
ひとりきりの行動範囲は狭く飛び廻るなどしたこともない。
「ナーリ(旦那様)はともかく昼間は他の使用人も居りますしね学校が嫌でもある程度外で過ごして頂かないと────」
咎めるでも諭すでもなく淡々と休校の連絡を終えた運転手は、ドライブともいつもの通学路を迂回し見知らぬ道へ車を逸らしバックミラー越しに微笑んだ。
「叱、らない・・・んだ」
呆気にとられ率直に疑問が口を吐いた。
「叱りませんな!お嬢様の我儘には慣れっこですしむしろよく今まで言い出さなかったと感心しておりますよ」
豪快な笑い声が車内に響き渡り拍子抜けとも嬉しさに苦笑を抱えてシートに沈んだ身から感謝が漏れた。
「でえぇもー・・・そうだよねぇえどこに行ったら良いかなぁ・・・」
「お勉強はお嫌いではないのですから図書館!などが最適ですかね!良いところへお連れしますよ」
「えっ!?アジョシそんな場所知ってるの!?」
「ええ、私の休日の憩いの場ですがね・・・ちょっと田舎ですが面白い所です」
含み笑いに刺激された好奇心が嬉々として前のめりにさせていたのだった。
にほんブログ村