エンカウンターの出会いなどその場限りが大概でまして見知らぬ者同士等と云うものは、無自覚か心を砕いても軽めの挨拶がせいぜいだ。
なのに────。
「覚えていらっしゃいませんか!?」
薄ら化粧も施され微笑みも腹に重なるなめらかな爪の先までも上品で丁寧だが潜めた声で喰い気味に近づけられる額を押し返そうかどうしようかじっくり思案し、ようやっと伸ばした腕で肩を押したソヨンは首を捻ってどちら様と聞いた。
微かによろけた立ち姿を見上げれば、その制服で誰もが見知るどこぞの超お金持ちだけが通えるという有名校の生徒だという事は一目瞭然でもあるが、生憎そんな学校に接点もなければへの字顔に見覚えが無い。
「ぅえぇーっずぅぇっー対覚えててくれてると思ってたのにぃー」
口調と立ち振る舞いそこに見られたしとやかそれらが一気に崩れた相好に思わず身が引けた。
「制服は!?覚えてますか!?」
ガッタリと軋んでしまった椅子に思わず唇に指を充てたソヨンはまだ考え込んでいる。
「いっや・・・そっれ知らない人・・・いないで・・・しょ・・・」
ひらりスカートの端を摘まんで片足迄引き項垂れた頭頂部。
そこを見ていたソヨンは目を瞬かせ”あ”の口を開けた。
「っていうか、貴女・・・前もっと地味だったよ・・・ね」
エンカウンターなどではなかった。
今の状況に近しく地味で控えめでもその熱はソヨンを辟易させ頷かせるに充分なしつこさがあって思い出したというよりも忘れようとしていたことを思い出させてくれ、その一瞬の躊躇に手を握り込まれ同じ椅子ににミッシリ座られた。
「アルバイトのお願いに伺いました!」
「はぇい!?」
彼方に追いやって忘れかけていた数日。
それらが一気に駆け抜ける。
ただ一点。
その中にあって背を向けた体躯。
それが浮かんだ途端ソヨンの手は空を切ろうとして失敗し女生徒に圧し掛かられた。
「以前と内容は変わらないんです!是非来てください!!」
「ぇい、あ」
「ぇい、あ」
「いいえ前より倍!倍出せます!今回はアボジにも了承貰っているので!!!!」
「いや、えっとそ」
「ダメですかっ!?じゃ、旅行とか!旅行も付けますっ!どこ行きたいですか!?」
「いや、だっ」
「えっとあとあと私に出来ることだと―」
離れた片手が指折り数える間にソヨンの右手は床を掠め椅子もろとも倒れる寸前にかろうじて立ち上がっていた。
「いっやっだっからっ!こっちの話も聞いてっ!!!!」
思わず張ってしまった声に大いに慌てたソヨンは背伸びして辺りを見回し相手の口に人差し指を充てた。
「しーーしーーしーずかにしよう!!!!」
塞がれた口をソヨンの指を剥す女生徒はそれでも手は離さず上目でコックリ頷いた。
「成、績すっごく上がったんです・・・そ、れでオモニにも会えまして・・・外見変わったのはオモニのおかげ・・・というか・・・とっ友達も・・・出来まし・・・た」
「ふーん・・・綺麗になれたんじゃない!意地悪も減ったんでしょ!?」
「あああああはいそれはもう!えええっとそれはソヨンssiのおか・・・げという・・・か」
傾いた椅子から漸く腰を浮かせた女生徒に隣の椅子を勧めてテーブルに突っ伏したソヨンは、大仰な溜息を一つ零して伏せたまま頷いた。
「あっのねー初対面の人間にしつこく何時間も話しかけられる時点で貴女結構図太いのよ!もう少し自覚しなさいね!」
「そそそそそれはソヨンssiが親身に聞いてくださったからでぇ!!!」
「貴女って・・・目立ってたからねぇ・・・そ、の制服・・・こーんな田舎の図書館に平日だってのに何日もそれ着て車で送り迎えなんてされてれば・・・ねぇ」
横に向けられた顔のゆったり口角が持ち上がった微笑みに女生徒の頬が染まり白い手が顔半分を覆い隠した。
「ぁえっと人、が居ないところが良くって・・・けど行き場所もなかった・・・し・・・」
照れ隠しか俯いてしまった頭をポンポンと子をあやす様に手を置いたソヨンは、組んだ脚に肘をおいて頬杖で下から覗き込んだ。
「でもそういう時ってさぁ野っ原とかじゃないの!?あと山、はまずい・・・か海とかさ」
「えええひっひっひとりでそんな所行けませんっ!!」
「箱入りだったねぇ」
読みかけの本を閉じたソヨンは、突然の訪問に懐かしさを感じながらも一年前の出来事と女生徒の名前を反芻していたのだった。
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