歩け、と指示をして観る。
何をどう思ってか、深くなる溜息を感取出来るものなら首を傾げたりはしないだろう。
鈍感だと結論付けるのも日々の言動を想起すれば立った腹の熱さも秒殺されて。
「っなぁ、お前・・・」
────それでよくミナムの変わりが務まったもんだ。
と喉まで出掛かった言葉は飲み込まれた。
たった一か月。
たかがひと月の彼女の努力を見知っている。
しかし、今の姿をどう捻っても考えても良い結果を思い浮かべられない。
と。
「ね、ヒョンニム!?どこか悪いのですか!?」
「ぁん!?」
「だってさっきから頭抱えたり、体捻ったり・・・あ、食後の運動ですか!?」
言うだけ言って体を動かし始めたミニョの素っ頓狂は、もはや諦めるに限る。
だからそんな事さえ可愛いと思ってしまう自分の心とニヤケ顔はすっかり押し込めて。
どれだけ神妙に深刻を作り出せるかと俯けた顎に手を当てる。
「ぁーっと・・・だな・・・コ・ミニョssi・・・」
「はい」
色好い返事が更に頬を緩ませようともグッと我慢の一念で。
「悪い・・・というか・・・な・・・」
曲の感想は、バスルームから出るなり聞かされた。
インストゥルメンタルでしかないのは、それに付加された詩(オモイ)を今は必要とされないからだが、オーケストラというフルセッションのその指揮者と独奏者の想いが少なからずそこにあって。
「助・・・けてくれないか・・・」
泣けそうなほど沈みかえった声にむしろ驚いたのは自分で。
二の句を継ぐにも乾いていく喉がヒリヒリ痛むのに。
焦りながらもあっけらかんとした繰り言ばかり返ってくるから決め手は何だと頭をフル回転させる。
「だからっ!お前の一番星は俺だろっ!俺に輝いていて欲しくないのかっ」
最早プライドなど頂点のみを残して遥かな地中深く沈んで。
「そ・・・れは、ヒョンニムには、輝いていて欲しいで・・・すけ・・・どぉ」
「俺といつも顔突き合わせているのはお前だぞ!お前しかいない!」
「そっヒョンニムのお役に立てるってことですかぁ!?」
────役に立つ!?役に立つとしたらお前より俺だけどな。
と再び出掛かけた言葉を飲み込んだテギョンが、やっと顔の緊張を解いた。
満面の笑みが今やどれだけの効果を持つのかは、この数か月の生活で自覚も極み。
たっぷり数十秒ミニョを見つめ続け、俯けられ頬に伸ばされた手を握り込んだテギョンは、了承を貰うや否やを聞く前に捲し立てた。
「そうか!じゃぁ、明日からここも行け!」
「へっ!?」
追加のスケジュール表と地図をミニョの手に押し付け。
「ああ、それから、靴も必要だからこれも持って行け」
真っ新な箱も押し付ける。
「えっ、ちょ、ヒョン!ひ、ヒ、ひ」
「ハイヒールに決まってるだろ!もうコ・ミナムじゃないし俺の相手なんだから女のパートだろ」
「そっ、そ」
「そういうことなんだよ!社交ダンスだから上げ底スニーカーで踊れる訳ないだろ」
「はっ、は」
「話は違わないぞ!引き受けると言ったのはお前なんだから責任持て」
それでも、覚えてくるのはワンツーステップだけで良い。
練習相手だなどと口実を延々並べ立ててもリードするのは自分だと。
「言っただろ俺は今忙しい!だからお前に頼むんだ!明日も早いんだからさっさと寝ろ」
布団を頭から被ったテギョンは、これがミニョのデビューとなる初仕事などと決して口にせず。
「電気は消しても良いぞ・・・その代わり・・・・・・」
安眠枕を寄越せと戻って来て自分の布団に潜りこもうとしたミニョの腕を引っ張ったテギョンだった。
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