撮影が続くスタジオ片隅のテーブル下にこそこそ潜り込み決して素行が良いとは見えない座り込みでボディブローはじわじわ効くなどそんな事ってあるのかと考えながらミナムとタブレットを覗き込みながら腹を擦っていたジェイことソ・ジュノは、しかし次の瞬間隣の脇腹目掛けて拳を突き出していた。
「っわっ、何すんだっ!」
「おっ前、服に手ぇ出すなって言っただろ!!」
「お前が擦ってるせいだろ!モデルなら買い取りくらい出来っだろっ」
服の皺を伸ばしきょとんとした顔をミナムが睨みつけた。
「まーだ仕事中だって言ったけどなぁ」
納得顔のジュノは、恨みごとを続けるも指先を動かすミナムの頭越しにまた覗き始めた。
「お前のファンのせいでスキャンダルまがいになってんだから仕返しくらい普通にするっつーの!っになんなんだよあの読者見学とかって羊の大群(ミーハー)はっ」
頭に乗るジュノの手に触れたものの払うことを躊躇ったミナムは、どかりと胡坐に変えた。
「どっかの偉いさんの身内らしいけど俺の素性を知って来てた訳じゃねーから無視してたんだけど・・・にしてもミニョちゃん巻き込んでるな誰もお前だと思ってねーじゃん」
「そーれーがっ問題だっつってんだよっ!!事をデカくすんなよ!」
「そういえばお前さぁ、エ・・・ファンの爺様と知り合いなのか!?」
「ぁああ、ちょっと色々あってな・・・やっべっぇ・・・ヒョンに怒られっぞ・・・ 」
ツラツラ画面をスクロールさせ、肩越しのジュノの言葉など上の空なミナムは、腹に回った腕にぎょっとして首を傾けた。
「なっ・・・んだよ」
「逃げる癖にね、してもお前を怯えさせるなんて奇特な奴もいたんだと感心してみた」
「お前だって名前くらい知ってんだろ!ファンってのはなぁどなたさんも清ました顔して鬼だぞ!悪魔だろ!」
「っていうかお前ミニョちゃんが一緒に寝てくれないとか思ってんだろ」
「いつまでも一緒に寝てねーよ」
「嘘嘘淋しくなるとミニョちゃん抱きしめて安心したいくせにー」
「んっなことしてたら即殺されるわっ」
「してねーの!?」
唇が触れそうなほど互いの息が掛かる距離で抱きつかれ見合わせるジュノのニヤケ顔に抵抗虚しいミナムは、諦め顔だ。
「・・・たっまには・・・な」
自信たっぷりに掌握顔したジュノがタブレットを取り上げた。
「ま、後の事は俺に任せろよ!誰だと思ってんの!?この位の事でお前が考えてるような事にはさせねーよ」
「・・・お前やっぱ余計な情報持ってんのな・・・って入隊で人脈拡げてきやがったな」
「アボジに逆らっても時間の無駄だからだよ!オモニも高卒で兄貴達ぶちこんだから早いうちに行って後は好きにしろってさ!ミナムは!?行かねえの!?」
「ああ、も少し・・・っなぁアジュンマ・・・元気か!?」
唐突に浮かんだ光景がミナムの口を濁らせ問わせた。
ジュノが学校を辞めたと聞いた時、ソヨンを送り出した時とは違う胸の痛みを知った。
どちらも一緒に過ごした時間はそう長いものではなかったのに。
毎日会っていたその頃。
涙に暮れていなくなったソヨンは、彼女が学生であっても随分年上で大人びて二度と会えなくても良いと彼女なら幸せになれるからと根拠の無い自信をもって背中を押せた。
でもジュノは。
ジュノとの別れは。
「元気にしてるんじゃねーか・・・俺も暫く会ってねーよ」
爽やかな別れだった。
いつもの下校。
いつもの登校。
一日中教室で見かけないなんて当たり前過ぎて。
出席だけはどういう訳か教師がきっちり確認して素行は決して良といえるものではなかったが、成績は常に上から数えた方が早くてそんなものだと思ってた。
校舎一階の最も奥まった図書室と廊下を挟んで真向いの調理室は所定場所。
そのどちらかを捜せば大抵そこにいて。
けれどあの日。
あの日そこにいたのは。
「家帰ってねえのかよ!どこ住んでんだ!いなくなった時もそうだったけどたまーに住所も何もねぇカードは貰ったけど帰国の連絡も無しとか冷めすぎだろっ!」
「だったら名前もねーカードは俺だって気づけよ!そ、れ、に、ミナム君なら絶対この業界にいると思ってたもっん」
「んっなの解るかっ・・・にもんとか使うなっ!ゲロ吐く」
テーブル下から先に這い出て携帯を要求したジュノの手を取ってミナムも立ちあがった。
「まぁ真面目な話お前は絶対歌手になるって思ってたし、俺探すの得意だから」
隠れるのもと続いた言葉をミナムは自分が良く言っていたことだと思っていた。
────転校させてくれって頭を下げてきた時は、我が子ながら他の子と違うって唖然としたのね・・・貴方の影響も大きかったみたいで、ねこれを渡しに来たのよ────
貰った箱は、見てくれも中身も風流で小枝に巻かれた紙にたった一言だけ書いてあった。
「ったく、何年も経ってるってのに!お前俺を分析しすぎなんだよっ!」
「そっりゃーミナム君の親友ってば俺だけでしょ!」
「な訳あるかっ」
「でミナム君てっば俺の事解ってくれないのは変わらずね・・・淋し」
ミナムの肩に顔を埋めたジュノが携帯のシャッターを切った。
すかさず加工までされた写真がミナムのSNSにアップされ、あっという間に返ってくるコメントにジュノの書き込みを見たミナムは、ジト目で拳を握った。
「気色悪い事してんじゃねーっての!解ってるからお前を十分危険視してんだぞっ!見ろ!鳥肌まで立っちまったじゃねーか!」
袖をまくって腕を見せつけたミナムは、項垂れて深く息を吐いた。
「呼び出したんだからメシくらい食わせてくれんだよな!?」
「あぁ、ジムで一汗流した後にな」
「・・・そ・・・れも目的!?」
「久しぶりにやろうぜ!組み合ってくれる相手いなくて退屈してたんだ」
「俺、暫くやってねーぞ」
「大丈夫直ぐ思い出す!」
「他人事だと思って軽く言うなよ」
「問題ねーって!じゃぁちょっとだけ待ってて仕事片づけてくる」
スタッフに呼ばれたジュノの本日最後の撮影を見守りながらタブレットに重なって震える携帯の表示名を苦い顔で見つめたミナムだった。
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