声を掛けてきた女性に求められるままサインも応じたミナムは、ジェイの名を聞き斜(はす)並びに歩きながらその容姿や特徴を聞き出したもののきっぱり頭にクエスチョンマークを張り付けていた。
その名は、先ほど見ていたポスターに書かれていたなと思うものの派手な化粧も施されているであろうスーパーモデルの顔にも特段の覚えはなくて、女性がくれた名刺とメモの隅に描かれている社章らしいマークが唯一カードに書かれていた物と同じであったから関係者だと結論付けた。
「っていうか俺やっぱりそいつ知らないんだけどどんな奴!?」
「えそうなんですか!?親しそうに呼ばれてましたけど!?」
質問に質問が返ってきて益々大きくなる疑問符を一向に打ち消せない不毛な会話を続けながら案内されたスタジオに入ったミナムは、きょろきょろするスタッフの後ろで辺りを見回した。
照明にカメラにスクリーンに小道具衣装ラックとA.N.Jellの撮影風景と左程変わり映えはしないと見渡しながらある一点で目が止まる。
「あ、あそこ!彼がジェイです」
示された方向にある休憩スペースと思しきテーブルに寄りかかって話し込んでいた数人の一人がミナムを見て背筋を伸ばした。
「あ・・・いつ!?」
「ええ一番背の高い方です!体のバランス良過ぎて彫像みたいなんですよねー」
漏れ出す感想に溜息も色づいてそうで近づいてくるジェイを見ながらミナムは、自分とは真逆なタイプじゃねーかとスタッフの手中のサインをチラ見した。
「チャーオー!ミナマーム」
言うが早いか出された手を習慣で握りこもうとしたミナムの体が傾いた。
「やーっぱ抱き心地サイッコー!ちっちぇーなー、でも、鍛えてんのは変わらねぇかー」
サワサワと無遠慮に背中を撫でまわすジェイの胸の中にスッポリ収まってしまったミナムは、完全に動きを止めた。
「あー、でも、確かミナム整形してたよな」
グイッと両腕を掴まれたまま引き剥がされ顔を覗き込まれたミナムは、パチクリ瞼を数度押し上げ口を開きかけた。
「てっめっソーっぐ」
瞬間。
「黙っててねミナムちゃん」
大声を出しそうな口を塞がれたミナムは、両手を後ろに回されクルンと回転させられて片手で拘束されてしまった。
「っ!!いっ、なっ」
「ありがとね!ちょっとミナムと話すから、もし呼ばれたら廊下まで呼びに来て」
「えはっ、はい!解りました」
ぽかんとしているスタッフの前で行った行為等何も無かった様ににこやかに口にしたジェイは、吊り上げたミナムを楽しそうに廊下に連れ出し適当な壁と向き合った。
「ミナム良ーく聞け!手放してやるけど、絶対殴ってくるなよ!俺まだ仕事中だっわっ」
「ったく、そこまで大人げねー事しねーっつーの!でも俺の服捲ってくれた礼は後でさせてもらおーかなー」
解放された首をコキコキ動かしてシャツを捲りあげて直し振り向いたミナムは、掌を見つめているジェイの顔を下から覗き込んだ。
「お前が悪ぃいんだからな・・・噛みつかなかっただけましだと思えよ」
「ったく舐めるとかマジありえねーだろ!どこのガキだ」
「昔っから色々あざといからだろ!こんなもんまで寄越しやがって!散々悩んじまったじゃねーかっ」
「終わってからまだ数十分くらいしかたってねーだろっ」
カードと一緒に取り出したハンカチをジェイに渡したミナムは、壁に背中を預けた。
「何で俺の終了時間知っじゃなくて時間じゃねー質の問題っ!際どい事書きやがって!」
舌打ちをした顔の真横に手を付いたジェイは、ミナムのポケットにハンカチを押し込んだ手も壁に置いた。
「へー、やっぱりそういう問題あったんだ・・・どうせミナムのせいだろ」
「痛いとこついてくんなよ・・・反省しまくってんだから」
壁前で下腿筋を伸ばし(一般的にアキレス腱伸ばしと呼ばれる運動)始めたジェイの両腕に囲われるミナムは、ゆっくりゆっくり上げた視線をじっとり据わらせた。
「でお前何でジェイなんて呼ばれてんの!?」
「本名公表してねーし逆輸入の帰国組だからな」
「ってゆーかお前何でモデルなんてやってんの!?シェフは!?料理は!?」
ジェイの胸倉をミナムが掴んだ瞬間小さな悲鳴が聞こえ揃ってそちらを向いていたのだった。
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