その日。
見上げた空の雲の流れを眺めながらウッドフェンスに預けた体をしおれさせたミニョは、板を踏んだ小さな足音と吐息にゆったり振り返り、気まずそうに背けられた顔に苦しい微笑を浮かべていた。
カップと湯気の昇るポットをトレイに乗せて立ち止まっていたシヌは、大きな嘆息もしたが、それでも足を踏み出し突き当りのテーブルに置いてミニョを手招き、向き合う事を選択した。
秋も終わりに近づき乾燥した空気の中に微かに混ざる湿り気は、寒さを増長させると同時に今この場の空気感をもそうさせている様に重い。
トコトコテーブルに近づいたミニョは、ふとシヌがお茶を淹れているカップがふたつある事に目を止め首を捻りながら椅子を引いていた。
「どうぞ」
「ぁはぃい・・・た・・・だきます」
「テギョンは!?一緒じゃないの!?」
淡々と掠れても良く通る声でふたつめのカップに別なポットの湯を注いだシヌは、シュガーをひとつ落とした。
「え、あ、えっと後一時間くらいかかる・・・と」
「そう」
ティースプーンを手にしたままお茶を飲み始めたシヌとは対照的にチビチビ口を付けるミニョは、まるで借りてきた猫状態だ。
「ねぇ、ミニョ」
丸めた背中がビク付いた。
「俺の事・・・避けてる!?」
逆立つ毛並みに威嚇まで見えそうな程慌てて首を振るミニョにシヌが真顔で聞いた。
「さっ避けてるのシヌひょんですっよねっ」
「気付いてたんだ」
「ぇあ・・」
「違うか・・・ミナムに何か聞かされた!?」
ミニョの前で俯けた頭をあげることもなくトレイの下に置いていた雑誌を膝で捲り始めたシヌは、独り言の様に訊ねていた。
「それともテギョンかな!?」
熟読するつもりであったろうページを折り込み、顔をあげたシヌと目が合ったミニョは、居心地悪そうにカップを握り締めた。
「ここで暮らすって決めたんだろう!?」
真っ直ぐ見つめられる瞳に瞳を揺らすミニョは、外すことも叶わず小さく頷いた。
「だったら俺もお前もこの状況に適応しなくちゃならないよな」
先に視線を外したのはシヌで、スプーンを弄びながら雑誌に目を戻していた。
「俺は、まだ君が好きだよ。俺には俺の傷みがあって、俺は、それを治すために必死なんだ。君にこっちを向いて欲しいと思ってもそれは、俺の我儘であって、テギョンとの仲を裂こうとは思ってない」
口を開きかけたミニョの声をシヌの唇に当てた人差し指が制した。
「こういうことを君に直接言う事が良い事だとは思わないけどそれでも聞いて欲しい。
俺は、A.N.Jellのカン・シヌである事を辞める事は出来ないんだよ。俺にもこれまで培ってきたものが沢山あるからね。ファンだったり、スタッフだったり、家族は勿論。俺が俺である事を応援してくれてる人達の為に一時の感情でA.N.Jellを潰すつもりはないし、テギョンにもそうして欲しく無いとハッキリ言った。舞台が同じである以上聞いてほしくない事も聞きたくない事もそういう虚実は、嫌でも経験するだろうし、俺達が虚構だと言われればそういう者でもあって、でも生身の人間だからね。避けたいと思う事もあるさ」
シヌの横顔に感情はない。
ただ淡々とそう新聞の情報欄でも読んで聞かせる様な単調な声にその手に感情を込めて聞いていたミニョの俯きかけた頭が上がっていた。
「でもね、コ・ミニョ・・・俺は、今、俺に精一杯の自制をさせてる。これでも努力をしてるつもりだよ。だから少し、そう少しで良いから、笑ってくれない!?」
そっと顎を滑った指に開かれ撫でられた掌にミニョの目が見開かれた。
「笑ってくれないか!?いつもの様に・・・」
しっとり微笑みミニョを見つめるシヌの瞳が揺れていた。
揺れて。
その感情が何であるのかと考えるミニョは、引き攣らせた頬で一生懸命口角をあげ、それをじっと見ていたシヌは、暫くしてプッと吹き出した。
「あっは、ミア・・・ミアネっヨ、ミニョ・・・」
クスクス笑い続け止まらないシヌにミニョの頬もホロッと緩みプクッと膨れ始めた。
「むっむぅ、ひょん何で笑うのですかー」
「いっ、いっや、ごっめ、ごめん」
ひとしきり両手で顔を覆って笑ったシヌは、空になったミニョと自分のカップに二杯目を注ぎ、それでも脇腹を抑えて喉をヒクつかせた。
「あーはははは、久しぶりにこんなに笑ったよ」
ほら、と差し出された雑誌をミニョが手にする前にそれが消えた。
「はれ!?」
消えた方向に上向くミニョは、くるんと振り返って瞬いた。
「へー、次の台詞練習してたんだぁ。しっかし、すっげー棒読みじゃん」
「ふーん・・・深刻な話でもしてるのかと思ったのにぃ」
「邪魔する甲斐が無かったな」
「何よーもっと面白い物見れると思ったのにぃ」
「オッパ・・・ユ・ヘイ・・・ssi!?」
ミナムの肩を抱いたユ・ヘイが、頭をすり寄せて雑誌を覗き込んでいる。
「久しぶりね」
不敵に笑い、雑誌に目を戻したヘイは、ミニョに興味は無いという態度でミナムにじゃれている。
「ぇあ・・・えっと・・・おしさしぶ・・・りで・・・」
「ファン・テギョンは!?帰ってないの!?」
「ヒョンの車無かったんだけど、まだなのか!?」
シヌとミニョへそれぞれ方向の違う問いが飛んでいたのだった。
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