「はいオッパどうぞ」
紙コップに注ぎ替えた水を差し出すミニョは、テギョンの座るベンチに腰を下ろした。
「ったく、予定外の出演させやがって・・・」
背凭れ微かに流れる汗を拭いコップを煽ったテギョンは、ミニョの肩を引き寄せている。
「楽しそうだから大目に見てあげてくださいね」
「あいつは世界が自分中心で回ってるから諦めた」
「へえぇー、そうなのですかぁ」
にっこりニマニマしたミニョが、テギョンの肩に凭れた。
「な・・・んだよ・・・何か言いたそうだな」
「自分中心で回れるのはオッパが否定も拒否もしないからですものねぇ」
「否定してやるほどあいつの世界は広くないし、好きな事やってそこそこものにもなってるから応援もしてるぞ」
クフフと含み笑いのミニョが、テギョンの背中に腕を回した。
「大体お前は、あいつにこうして欲しいとかああして欲しいとか言わないもんな」
「毎日楽しい音楽やお話を聞かせて貰えるので今のままで良いと思ってますもの」
「・・・悩み相談は他にいくしな」
「オッパはひとりで抱えちゃいますしね」
「俺も今のままで良いと思ってんだよ・・・つまらない日常が詰まった日常だと気付くのは、大概後からで・・・今日がつまらないと思ってもそんなものの積み重ねが実は一番幸せで役に立ってるからな」
「オッパがここにいてくれて幸せです」
「ああ、俺もお前と・・・がいれば良い」
シルクハットを顔の前に翳して顔を隠したテギョンにミニョの顔が近づいている。
「で、ジュノssiの演奏はどうだったのですか!?」
「ソ・ジュノの手は、ジプシーだったなぁ・・・あ、れ多分チェ・ソヨンの倣いだぞ」
ステージでギターを背にマイクを握って手を振るリンにミニョが手を振り返した。
「あの人の別荘にモダンピアノともう一台、フォルテピアノがあったんだよなぁ・・・出すとこ出せば博物館級の代物のあれに指を置くのもかなり躊躇ったんだが、もっとちゃんと触って弾いとけば良かったなぁ」
ハットの中に間延び声を出すテギョンにミニョが首を傾げている。
「ピアノもギターも本を正せば同じ器に辿り着いて、叩くか引っ掻くかの違いしかなくて、小手先を利かせられるならどれも神の器だよなぁ」
カクカク首を傾げ続けたミニョは、テギョンのハットを除けた。
「ね、オッパ!!もしかして作曲してます!?」
「あ!?あ、ああ」
小さな相槌を繰り返して背凭れを解いたテギョンは、膝に肘を乗せ前のめっている。
「ポップな曲ばかり作ってたから少し頭切り替え無いとユジンの要望に応える気力が足りないかもなぁ」
「んーなもん考える位ならいっそイタリア行けよ!リンなら預かってやるっ」
ザッと砂を蹴り上げ前に立ったミナムが差し出した袋をミニョが受け取った。
「ぇあ!ミナムオッパ」
「どーせ、ひとりで行きたくないしなぁとか考えてんだろっ!かといってアレ連れてくのは学校もあるし、自主学習に切り替えると年間休日全部使っちまいそうだもんなぁ」
ゴソゴソ袋を開けたミニョは、大きなフランスパンサンドイッチににっこりしている。
「お前の家じゃ、多分無理だ」
「ほぁんで!?」
ミニョの隣に座りこんだミナムもサンドイッチを頬張った。
「イィンがヒアノふけないれすほ」
「ほーん」
「ふーんじゃないだろっ!何やってんだお前等っ」
ぎぎょっと立ち上がったテギョンがミニョとミナムを見下ろしている。
「ほいひいれふよ」
「ヒョンも喰うか!?美味いぜ」
見上げるミニョの膝から袋を持ち上げたミナムがテギョンに差し向けた。
「った、揃いも揃って何こんな場所で食ってんだよ!」
「腹減ってるからだろ」
大きく頷くミニョときょとんと見上げるミナムを戸惑いながら見下ろし、後ろから楽しそうに駆けて来たジェルミの差し出した熱いコーヒーに渋い顔で手を伸ばしていたテギョンだった。