「おいユンギ、テギョン達来たぞ!」
「えー、ちょっと早くなーい!?」
ステージ下でスタッフに指示を出しているユンギにインカム越しに声を掛けたシヌは、センターエリアにいるミナに指を一本立てて手をあげていた。
「弾き足りないとか言うなよ!もっ二時間近いっ!請求するぞ」
「あー、良いぜ!TREATなら勿論してやる!」
ギターを抱えてステージに駆け戻ったユンギは、マイクを握り締めるミナの隣で一曲歌いあげ、肩を叩いてステージを降りている。
「さー、皆さん!ここからは、ちびっこと楽しい時間を過ごしましょうね!でもその前に暫くクラシカルな演奏をお楽しみ下さいねー」
MCを始めたミナの前にスタッフがカボチャの籠を数個並べてステージ前にいる子供達を手招き、率先して前に出る子供、親の顔を窺って前に出る子、背中を押される子と仮装をした子供たちがワッと集まる中、ステージ裏でカラフルな被り物を脱いだシヌは、キャンピングカーの前で顔にタオルを当てていた。
「ったく蛙の王子様とか客寄せも良いとこだな・・・朝っぱらから呼び出して・・・」
「テギョンにそれ着せられないだろ」
「着せてやれば良いさ、リンで口説けば着るだろ」
「お前も大概な策士だよなぁ・・・意地悪いぞ!」
「ほっといてくれ」
Tシャツの胸元を引っ張ったシヌは、中を覗いて無造作に脱ぎ始めている。
「シャワー浴びるか!?」
「ああ」
「着替えは!?」
「お前のがあるんだろ!?」
ステップを一段あがったシヌは、ふと振り返り、ユンギがバスタオルを放り投げた。
「けどちょっと貸し借り無しの別件があって使えなかったんだよなその手」
ユンギの独り言にも聞こえる呟きに引き出しを開けていたシヌが聞き返している。
「何で!?」
「あれが原因」
空を指差したユンギは、ステップに腰を下ろして目を閉じた。
「へぇー、上手いもんだ・・・ジャズか・・・」
耳を傾けたシヌは、バサバサ服を脱ぎ捨てている。
「あれで食ってた時期もあるらしいぜ・・・芸は身を助く・・・かね」
「イタリア留学してた時だろ・・・レストランの専属ピアニストが急病で出れなくなってコード読めるなら大丈夫だって代役したら評判になったって」
キュッとコックを捻ったシヌは、蒸気の中で小さな戸を閉めた。
「何でお前がそんな事知ってるんだよ」
少し大きな声を出したユンギは、立ち上がって中へ入り同じ質問を繰り返している。
「ぇぁああー、仕事仲間から聞いた」
「えっ、じゃぁ、お前も弾けるの知ってたの!?」
「聴いたことは無かったけどなー」
シヌが締めきっている扉の前で頷いたユンギは、ツカツカ車中を歩き冷蔵庫を開けた。
「テギョンは、あれも先生にしたいらしいぜ・・・ギターは俺とお前も教えてるからどことなくテクニックも感性も違うもん吸収してるけど自分が教えてるだけじゃ満足できないみたいだな」
湯気を立たせて扉から出て来たシヌは、簡易ベッドに座って着替え始め、ボトルを持って来たユンギは、テーブルにグラスを並べている。
「何になってくれても良いって思いながらもある程度道は示してやりたいって親心だろ」
「まぁ、そうなんだろうな・・・結局俺達狭い世界で生きててキッチリ示してやれるのって音楽くらいだもんな」
「寝食忘れる位没頭できるものがあるのは幸せのひとつだろ」
「俺の場合ストレス発散」
「相変わらずマスターのとこ行けてないのかよ!?」
着替えを終えたシヌは、濡れ髪にバスタオルを被ったままユンギが注いだグラスを持ち上げた。
「ああ、移動中弾く訳にもいかないから・・・休めるのも今日だけなの」
「この車で出勤したらどうだ!?」
「んな訳にいくかよ!ただでさえ若過ぎて舐められてるのに車だってステータスだぞ」
「F、グループねぇ・・・でかすぎて想像もつかないな・・・」
「ハッタリかまして仕事するだけよ」
「そんな口叩けるお前を尊敬するよ・・・じゃぁ今日は就任前祝って事にしといてやる」
「祝いは別にもらうに決まってるだろ」
シヌが飲み干したグラスに次を注いだユンギは、グラスを合わせてニヤリと笑っていたのだった。