湿り気を含んだ強風にばためき倒されそうな幟を仕舞い込んでいる店主を呼び止め道を尋ねたキム・ヒジュンは、帽子を押さえながら小道に逸れた。
「天気ってのは、気持ちを沈めてくれるねぇ・・・」
ひとりごちては、辺りを見回し、朽ちて倒れたイーゼルを前に佇んでいる。
「ったく、この一帯全てかよ・・・金持ちの考える事は解っらねぇなぁ」
半地下の鉄格子の窓枠を蹴り飛ばした。
「まぁ、でも、こんなとこでもあの子の生まれたルーツだから、な」
しゃがみこみ、近づいて来た手入れの行き届いた革靴が揃えられる様を見ている。
「母親が黙って辞めた結果だと聞いてますけど」
「さぁな、生みの親を捜したのかどうかも疑わしい程、昔の出来事だぞ」
「里親に育てられたそうですね」
「親戚なんてものがいるのかどうかも解らない状態だったんでな・・・保護されたのが一抹の救いで、言葉も理解出来てない様なガキに選択権なんてものは存在しないのさ」
「では、理解さえ出来ていれば、承諾して頂けるのですか!?」
「あいつに拘る理由が気に入らんがな」
立ち上がったヒジュンは、ポケットに突っ込んでいた右手を差し出した。
「初めまして、というべきだよな・・・ソ家のお坊ちゃま」
「ええ、局では何度かすれ違いましたけどこうしてお話をさせて頂くのは初めてです」
上品な仕立てのスーツを着こなしたジュノも左手を添えながら右手を出している。
「コ・ミナムの連れだと聞いているが・・・」
「この話にコ・ミナムは勿論A.N.entertainmentもSPもFGも関係ありません・・・尤も後の保証は出来兼ねますが」
「だっがなぁ・・・きっかけはあのコンサートだったろ!?」
「ええ、ミナムにオフショットを見せられましてね・・・半信半疑だったんですよ」
手にしていたファイルから写真を一枚取り出したジュノは、一点を指し示した。
「あれは俺の孫だぞ」
「それで構わないんですよ・・・名乗り出る気もないです」
「俺は息子を早くに亡くしてるからそんなに早くくたばるつもりはないんだよなぁ・・・あいつがひとり立ち出来る位迄は、必死に働くつもりでいるんだがなぁ」
ヒジュンの鬱屈とした顔に苦笑いを返したジュノは、場所を変えようと促している。
★★★★★☆☆☆★★★★★
「知っていたのか!?」
通りに面したカフェの2階で、拡げられた書類を前に2枚の写真を見比べていたヒジュンは、どっぷり溜息を吐いた。
「いいえ、全く、これっぽっちも知りませんでしたよ・・・彼女の存在も綺麗に忘れていたくらいです」
「薄情な家系だからな」
人影もまばらな昼日中、ジュノの姿は一種異様な人目を引き、コーヒーを運んで来た給仕が後ろ髪を引かれる様に何度も振り返り階段に向かっている。
「でも幸せだったのだろうという事は解ります・・・ユソンもそう言っていましたしね」
バサリと投げ出された書類の脇で鑑定書と書かれた紙をジュノが押し出した。
「今更家族にはなれんぞ」
チラリと視界に入れたヒジュンは、コーヒーカップを持ち上げている。
「当り前ですよ!未だに信じられない事実の方が多いいんですから」
「だ、が、真似事をするのか」
「し、てみたいと思ったんですよ・・・ミナムが話してくれたキム・ユソンって子供は、どこか大人びて子供らしい感情が無いってのが印象的で、俺もあいつとは長い付き合いですから、あいつの子供だったり、リンだったり見てると色んなモノを抑え込んでるとは思いましたよ」
背凭れ足を組み替えたヒジュンは、ジュノが抱える頭を見た。
「俺の育て方の問題か」
「批判してるつもりないですよ、仕方ないだろうと思いますし、解りたいと思っても極論本人次第でしょ」
「あれでも口を聞けなかった頃よりマシだ・・・欲しい物を欲しいと言ってくれるしな」
無表情のヒジュンの横顔をジュノが笑っている。
「それで、どうなのですか!?」
「・・・マネージャーをやりたいって話か・・・」
「ええ、ソンベとはきっちりお話をさせて頂かなくてはと思ってましたので」
「俺より先にアネ(妻)を甘楽させといて何を言う!?」
ポケットから少し大きめの名刺を取り出したヒジュンは、指先でコツコツ叩き、微かな驚きを浮かべたジュノは、力なく笑った。
「ったく、お前も相当な確信犯だな・・・俺は、これをコ・ミニョから貰ったんだぞ」
「・・・ミナムに渡しても埒があきませんからね」
ヒジュンが鼻で笑っている。
「コ・ミナムには、話せないからだろ・・・あいつは、妙に頭が切れる分勘繰るだろうから、かといってユンギに話したところで、その斜めを行くからな」
小馬鹿な笑いに目を細めるジュノは、深呼吸をしてカップを持ち上げた。
「ソンベは、ソ家との関わりを口にする気なんかないでしょう・・・俺が調べなければ墓場まで持っていく気だったでしょうから」
応戦姿勢にヒジュンも目を細めこちらも深呼吸をしてテーブルに肘を付いている。
「ユンギの後継問題がどうなるかなんて俺には全く関係ないからな・・・美味い酒と音楽があって、楽しめる仲間がいて、そんな生活で良いと思うだけの稼ぎもあるし、孫の行く末を楽しみにしてるだけの爺さんで良かったんだ」
前屈みのヒジュンに目だけを上げたジュノは、目を伏せてコーヒーを飲み続けた。
「確実に守れるの俺だけですよ」
抜け落ちた感情の無いジュノを見続けていたヒジュンは、溜息をカップに落としている。
「運命なぞ跳ね返すだけの力はあると思うがな・・・大体お前が来なけりゃ俺だって忘れていたんだ」
「ユンギssiが無茶な大掃除をしなけりゃ俺だって関わる気なんかありませんでしたよ」
互いに置いたカップの音が消えると同時にヒジュンが手を挙げた。
「口だけじゃないって事を見せるんだな・・・あいつは、名家の孫なんかじゃない!ただの一般人で良いんだ!」
求められるまま握手をしたジュノは、頷いている。
「ソンベの孫ってだけで十分注目株ですよ・・・」
離そうとしたした指先をピクリと震わせ、握り直したヒジュンのニヤつきに痛そうな顔をしていたジュノであった。
────なんだこの展開・・・ついて行けないぞ(笑)
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