西に傾く陽の光が反射するビルを遠目に眺めながら眩しそうに瞳を細めたユンギは、小さな舌打ちをしてデスクに戻っていた。
「ああ、噂はあくまで噂・・・市場が左右される!?問題ない・・・こっちの保有分は未公開だからソ家と直接取引した」
広いデスクに転がっていた万年筆を手に眉間を寄せている。
「蹴落とす者は全てなんだよっ!俺の方針で構わないと条件付きつけてきたのはあちらで、こっちの掃除はとうに終わってる!買えるだけ買い取って来いっ!!!」
浮かせた腰で怒りも露わに受話器を叩きつけた。
「・・・終了まで1時間無いですよ」
部屋の中央でローテーブルに拡げた書類を仕分けているヒジュンが、立ち上がって壁時計を見ている。
「買えるだけで良いんだよっ!あっちの株をあげる前に国内全部潰してやる」
「国外は!?」
「潰すに決まってるだろ・・・というか、もう潰れかかってるから国内で補填しようと走り回ってるとこだろ」
ヒジュンが差し出した十数センチはある書類の束を前に溜息吐いたユンギは、一枚一枚サインを繰り返した。
「誰のお力で!?」
「さぁな、ユジンも知人とは聞いているが直接関わる事は無いと話してくれなかった」
「ユジンssiは順調ですか!?」
定位置に戻りながら訊ねるヒジュンの質問が、宙を舞っている。
「お腹の子ですよ!そろそろ安定期に入るし、病院!行ってきたんでしょう!?」
聞こえよがしにゆっくり顔をあげたユンギは、椅子を半回転させた。
「・・・安定期前に飛行機に乗せるとか馬鹿なのかと俺が責められた」
プツリと切られた電話線を手繰り寄せるかのような沈黙にヒジュンを横目で見ていたユンギは、グンと前を向いて万年筆の動きを速めている。
「っていうかさ!彼女、俺の言う事なんて聞くと思うか!内緒で帰国するとか!夫という名のアクセサリーぐらいにしか思ってないって!!」
「人の事とやかく言えないでしょ」
書類を揃えては、積み上げるヒジュンは、テーブルの半分を片付けて立ち上がった。
「くっそ、あの爺、俺がテギョン達と懇意にしたいのを見透かした提案ばっかしてきやがって・・・さっさと引退させときゃ良かったー」
髪をクシャクシャかき回すユンギは、最後の一枚に目を止め、筆も止めている。
「子供でも出来なきゃ受けないって言ってた癖に」
「・・・お、前、誰の味方なの!?」
じっくり読み始めたユンギは、デスク上の小さな引き出しを開け、壁際の背の低いキャビネットに鍵を刺しこんでいたヒジュンは、忌わしげに瞼を閉じて立ち上がった。
「SPに決まってるでしょ!Fグループなんてあんなモノ私にとっては、降ってわいた付属品に過ぎませんよ!た・と・え貴方が会長に収まったとしてもね!」
拳を握り締めたヒジュンは、キャビネット上のコーヒーメーカーに手を伸ばしている。
「オモニとアボジも喜んでるよなぁ・・・会社潰さない様に頑張ってくれる奴がいて」
「あなただってここが好きな癖に」
湯気のたつコーヒーを紙コップで熱そうに飲み干し、ユンギのカップを用意し始めた。
「で、レストラン部門の仕入れは全てソ家に一任するのですか!?」
「ああ、その為の取引だし、ソ・ジュノssiは、ま、色々あるけど腕は超一流、シェフとしてもモデルとしても・・・な」
お盆を持ち上げたヒジュンは、ユンギが立ち上がったのを見て元に戻している。
「装飾品関連部門は、引き続きテギョンssiご夫妻と契約するってことで良いんですね」
キャビネット前に並び立ったユンギは、サイン済の書類を差し出してカップを持ち上げ、受け取ったヒジュンは、丁寧に折り畳んで内ポケットに入れた。
「良いよ!あ、ついでにミナムssiとユ・ヘイssiにも連絡とってくれるか!?」
「・・・ま・・・さかあそこの子供を使うつもりですか!?」
「双子だから手っ取り早いだろ!?大人と子供!?ペアルックとか可愛いし」
キャビネットを背に立つユンギをぎょっとして見下ろしていたヒジュンが、一点にそそがれた視線を追いかけている。
「テギョンssiに惨殺でもされてください」
「リンは、絶対使わせてもらえないんだからしょうがないだろー、あっちはテレビも出てるし、子役みたいなものだろー!」
目を伏せて忍び笑ったユンギは、ゆっくり歩きだし、正面に据えられたコンサート風景の大きなパネル前に立った。
「ユソンは!?どうするのですか!?」
「ぇあ、ぁあ・・・ジュノssiの申し出な・・・やっぱり本人次第・・・かなぁ・・・ユソンは、リンと違って音楽にも芸能にもそれ程の思い入れは無いと思うんだよなぁ・・・ヒジュンソンベも多分そう言うと思うけど・・・こればっかりはなぁ・・・ユソンにちゃんと聞いたこと無いけど・・・興味がある様には思えないんだよなぁ・・・」
「ご両親のせいですか!?」
「ああ、ソンベは、息子さんに芸能だけは選ぶなと言って育ててたらしくて商社に就職した時は、心底ほっとしたんだそうだ・・・けど、亡くなった後ユソンが引き籠ってた部屋ってのが、ソンベの趣味部屋でなぁ・・・アメリカの家を処分しに出向いた時そっくり同じ造りの部屋があったとかで結構ショックだったと言ってたよ・・・元々そこがユソンと父親の遊び場だったんだろうな」
「あの年齢の子供にリアルな将来突きつけても夢と混同しがちですよね・・・」
ローテーブル前に戻ったヒジュンは、また書類を拡げている。
「可能性なら無い訳じゃないけど・・・その可能性を狭めるのも・・・嫌なんだよなぁ」
残り僅かなカップに目を落し、ヒジュンの傍で、手元を覗いていたユンギは、見上げられて首を傾げた。
「そういえばヒョン、ハロウィンのイベントに何か細工しましたよね!?」
詰みあがった書類の束とは別にソファに置かれていた革張りのファイルを引き寄せたヒジュンが、目を細めている。
「企画室から奇妙な資料が届いてるんですけど・・・」
一言一句読み上げられる内容に徐々に顔を引き攣らせるユンギは、ジロリジロリ秘書の仮面を剥いでいくヒジュンの声音に部屋から逃げ出していたのだった。