「遅い!」
横づけにされた車のウィンドゥが開ききらない内に舗道で手を振っていた女性が、ジュノを怒鳴りつけた。
「時間通り!一分も早い」
ダッシュボード上に取り付けた携帯を見るジュノは、平然と笑ってドアを開けている。
「何・・・よこのオマケ!?」
乗り込みながら後部シートを見た女性は、ピタリと動かず、リンとユソンが寄り添った。
「交渉に必要な人質・・・・・・みたいな」
吹き出しながらの薄笑いに女性が眉を寄せ助手席に乗り込んでいる。
「あんたねぇ冗談に付き合えるほど暇じゃないのよっ」
「良いじゃないかたまには部下に任せて楽な仕事しようよ」
軽やかにギアを動かしアクセルを踏み込む間にダッシュボードを開けた女性が、袋をふたつ後部シートに放り投げ、膝に落ちた菓子にぎょっとしたリンとユソンは、顔を見合わせて破顔した。
「直接会えっていうからわざわざ出向いたのに緊張感の欠片もないのね!」
「会わせるよ!でもそっちのアポはとってないから姉さん次第、かな」
「はぃ!?」
手元の菓子袋を破ろうとした手を止めた女性はジュノを凝視している。
「俺は元カノに会いに行くお邪魔虫なんでね」
涼しい顔のジュノが差し出した手を叩く女性は、溜息を吐いて菓子を乗せた。
「ったくあんたがさっさと彼女と結婚決めてたら話はもっとスムーズだったわ」
「余計ややこしくなってたと思うし仕方ないね・・・俺達そういう関係わざわざ排除して付き合ってたし、あんなデカいもの背負って立つ器は無いって見られてんだから」
袋ごと渡された菓子を気怠く見つめたジュノは、歯で破った。
「見・せ・て・た!でしょ!兄貴差し置いて私に主軸の経営権持てなんて進言したガキが良く言う!今の私があんたでも十分通用出来るのよ!」
「嫌だね!男の為に誰より欲しがってたの姉貴じゃねーか!結婚も成功してっだろ!」
「対価も大きかった!アボジとその取り巻きにいまだ疎まれてるし、小父達には一等地に店出す資金せびられて・・・」
「見返りもあったろーが!」
喧嘩腰に好戦的な物言いが飛び交った前列をきょとんと見上げていたリンが、ユソンに耳打ちしている。
「そ・・・うね・・・あんたもだろうけどオモニに良い縁があったお蔭で助かってる」
バックミラーを見たジュノにゴミと化した袋を差し出された女性は、僅かに後ろを振り返りクスリと笑った。
「俺もアレはあんぐりだったぜ!ただの知人くらいに思ってたからそうそう世話になれない自分次第だってすっげー思ってたら超がつく三ツ星レストランに押し込まれたもんな」
「良く逃げ出さなかったわよ」
膝のゴミを足元に下ろした女性は、ハンドバックを開けている。
「ああ、やりたくても出来ない奴はごまんといてそもそも何をしたいのかも解ってない連中が多いのに俺には夢もチャンスも環境もあって生まれた家も良くて、ほっとかれても一生食うには困らないだろうけど、それって腐ってるって言われたからな!」
「真理ね」
薄いルージュを唇に乗せた女性は、化粧直しを始めた。
「いっちばん最初にそれを言った本人はまったく覚えてないけどな!そもそも俺との初対面がそいつら位の歳だってのも覚えてねぇんだよなぁあいつ」
街路樹が切れる経路に立った警備員に手を挙げるジュノは、胸ポケットからカードとお札を取り出して窓を開けている。
「イタリア行って全く同じことを言われてあれが受け売りだと知った時ま、そうだあんなおチビにそんな事考えられる訳無いって悟ったもんなぁ」
ジュノにカードだけを返した警備員は、右の通路を開けた。
「そのおチビさんにはちゃんと言ってあるの!?」
「いいや、あいつ頭切れすぎるからこっちの内情ばらすとめんどくせーの!今だって携帯鳴りっぱなし」
くるくる緩いカーブで下った駐車場通路にユソンとリンが窓越しに空を眺めている。
「説明は交渉が全部終わってからにして頂戴!警告したなら手は出して来ないんでしょ!もっとも・・・出されたところで潰しちゃう!・・・け・どね」
カチリとバッグを閉め、止められた車から降りた女性は、サングラスを掛けると誰を気遣うこともなくカツカツ歩き出し、後部ドアを開けたジュノは、ユソンに手を伸ばした。
「怖っいねぇホント・・・笑って死地に送る!だもんなぁ・・・」
「ねぇねぇジュノヒョン・・・コモ(叔母)のお部屋に行くの!?」
続いて降ろされたリンは、きょろきょろ周りを見回しリュックを背負ってジュノを見上げている。
「ああ、ユンギssiもいる筈だから帰りは送ってもらえるようにするね」
リンとユソンに手を伸ばし、連れだって女性を追いかけたジュノだった。