鼻歌交じりの軽い足取りで、脱いだミュールを両手にスイートルームの扉をひとつふたつと開けたユジンは、三つめの扉を開けた途端息を呑んでいた。
「ぁあ、おかえ・・・」
掛けられた声を聞くともなく閉めた扉の前で腰が砕け蹲っている。
「なっ・・・ななな・・・」
頬を抑え、血の気の引いた顔が背中のずれにビクついてゆっくり上向いた。
「いきなり閉めるとか有り得ないんだけど!?」
覗き込まれた顔に目を剥いて首を振っている。
「なーんでそんな幽霊でも見た様な顔をする訳!?というか君・・・酔ってる!?」
ユジンの髪の周りで鼻をひくつかせたユンギが横を通り抜けた。
「水でも飲んで少し酔いを醒ましてくれる!?」
備え付けのキッチンで水を汲むユンギは、派手な音に目を細め、顔をあげている。
「ったく・・・逃げる気満々かよ・・・」
ゴクリと一杯の水を呑み干し、グラスを置いた。
「おーい、聞こえてるんだろー帰国して俺に一言も無いってどういうことー!?」
閉まった扉に寄りかかり耳を欹てている。
「おーい聞こえてるだろー!?君の爺様が俺の秘書勝手に使ってるから俺に入って来ない情報ないんだよねー・・・帰国黙ってるくらいなっらっ」
バタンと引かれたドアに僅かに身じろいだユンギは、白い布を押し付けられた。
「なんでそんな格好なの!早く何か着てっ!」
勢いよくドアを引いて振り返ろうとしたユジンが、たじろいでいる。
「えっ!?え、え!?」
「冷たい奥さんだよねー数か月ぶりなんだからヨ、ボ、お疲れでしょ!って一言くらい労ってくれない訳!?」
チュッと音を立てた唇が頬から離れ、羽交い絞めされたユジンが、目くじらをたて振り向いたが、すぐに顔を覆った。
「あ、あのねー」
「別に今更隠すような仲でもないだろ」
「だっ、だからっ」
「帰って来ないからシャワー借りただけだし」
「そっそういうことを言ってるんじゃなくてっ」
「これが駄目ならプールにも海にも行けなくなるなぁ」
指の隙間から薄目を開けたユジンが、下を見ている。
「あーもっ!見せたがりはオッパだけで良いのよっ」
「えっ!?テギョンってそうなの!?」
腕を振り上げ覆いを外したユジンの手をきょとんとした顔で捉えたユンギは、徐々に目を細めた。
「ぁあ、オッパってそっち・・・か」
気まずそうに視線を逸らしたユジンが唇を尖らせている。
「ソ・ジュノね・・・君の元専属料理人」
「なんでそこで恋人じゃないのよ!」
「言ったら嫉妬しそうだから」
「は!?え!?ッン」
ユジンの手首を返し背中を引き寄せたユンギが、唇にキスを落した。
「元カレに会っても良いけどさ、ソ・グループは、君の爺様にとって脅威だって認識してくれる!?」
「なにそれ・・・ジュノオッパならグループとは無関係でしょ!?」
「・・・だったら良いけどねー」
ユジンを離し今更に手の中のシャツを着こんだユンギは、胸を開けたまま、ベッドに横になっている。
「聞きたいことがあって来たんだよね・・・帰国の理由とソ・ジュノと」
「私のベッド占領しないでよ」
「夫婦なんだから気にしなーいの」
「もー、なんでここに部屋をとったか解ってないでしょ!」
「解ってるさー」
うつ伏せたユンギは、頬杖をついてベッドに近づいて来たユジンを見上げた。
「ファン・リンを独り占めする為」
絶句したユジンが息を呑んでいる。
「ああ、あと・・・さ・・・妊娠してるんだってね」
ユジンのお腹に触れようとしたユンギの顔に肘下から抜かれた枕が命中していたのだった。