置かれたグラスにシェイカーが意図的にぶつけられ、見合った顔がどちらともなく逸れた頃変えられたBGMに苦笑を漏らしたユンギは、再びグラスを持ち上げていた。
「復帰おめでとう・・・と言うべきか」
「ふっ・・・ん・・・そこは、ありがとうと言って欲しいな」
気安い仲だからこその皮肉と華麗な手つきで再びシェイカーを振り始めたマスターに背を向けたユンギは、ゆったりホールを見回している。
「・・・変わらず暇な店だねぇ」
テーブルの数にまばらな人影を数えたユンギが指を折って見せた。
「放っとけ・・・お前が暫く来なかったから・・・近所の常連ばかりだ」
「確か・・・に俺の客・・・い、ないねぇ」
「お前が芸能人なんぞやってる間に新しい店も出来たしな・・・深夜営業じゃないが、たまに店内でライブ演奏を聞かせるらしいぞ」
カウンターで注ぎ込まれる液体を見澄ましたユンギは、差し出されたチラシを手に取っている。
「へぇえー・・・面白そうだ・・・ね」
細部まで読み耽り、お腹に触れて振り返った。
「若いオーナーだが礼儀も重んじるしやり手だって評判も良いな」
「何それ!?敵情視察にでも行ったの!?」
乗り出したカウンター下のオーブンを指差したユンギは、苦笑いでピザを移し替えたマスターにこれ見よがしな礼をしている。
「馬鹿か、そんな必要ない・・・が尤も・・・・・・お前なら必要かもな」
「俺!?どうしてさ!?」
焼きたてを口に入れ熱そうに顔を顰めたユンギは、突っ伏しながらマスターを見上げた。
「同じ匂いがするから・・・だな」
「え!?同じ香水つけてる!?」
ワイシャツに鼻を近づけるユンギを一瞥したマスターは、無言で長方形のコースターにグラスを並べている。
「んん!?どういう意味さ」
背筋を伸ばしたユンギが、マスターが磨き始めたグラスを掻っ攫った。
「・・・・・・お前と同じ・・・なんだよ・・・そこのオーナー」
布も攫われたマスターが呆れ顔でユンギの前にコースターを押し出している。
「実業家兼ミュージシャン!?」
「二足の草鞋履いてる奴なんて他にもゴロゴロいるぞ」
「あ、マスターも・・・・・・ね」
グラスを翳したユンギは、目を細め執拗に磨き始めた。
「オモニに首根っこ抑えられて、孫を作って来いと迫られてる!?」
「お前の今の事情だろ」
マスターは、ユンギの代わりとばかりにピザを頬張っている。
「小うるさい姉がいる!?」
「兄妹は・・・いる、な、確か4、5人」
「元家出放蕩少年!?」
「・・・家出ったって学校にはキッチリ通わされてただろお前」
カウンター下からボトルを出したマスターが、ロイヤルハウスホールドと書かれたラベルをユンギに見せつけた。
「妙な冗談考えるよりもっと根本的なもんがあるだろ!!トリョンニム(お坊ちゃま)!」
横目のユンギは、視線を上げ、向きを変えた。
「・・・ど、この系譜だ・・・よ」
「さぁな・・・興味があるなら調べれば良いだろう」
トクトク流れる液体を見つめたユンギは、半分注がれた所でマスターを制止している。
「うーん・・・・・・そこまで興味ない、かな・・・マスターと違って商売敵でもないみたいだし」
香りを楽しみ一口口にして満足顔をした。
「うちだって商売敵とは思ってないぞ・・・本格的な料理食いたい奴はそっちに行けば良い・・・唯、俺は、お前みたいな奴と出会うのが楽しいからここにいる・・・」
ボトルを取り上げ磨きあげたグラスに注いだユンギは、マスターに差し出している。
「・・・ありがとだよね・・・俺に居場所くれて・・・」
再び合わせられたグラスから響く音に目を伏せた。
「お前が歌い続けたからミナとも再会できたんだろ」
マスターも目を伏せ、味を楽しむ様に口を動かしている。
「それはねー、でも、マスターがここで店続けてくれてたからだ・・・し・・・」
「A.N.Jellのメンバーがサプライズで歌いに来るなんてのはお前のお蔭だけどな」
煽ったグラスを片付けるマスターは、背を向け様として目を店頭へ戻し近づいて来たカップル風情の二人組を見る様ユンギへ促した。
「あ、あのイ・ユンギssiスペード曲リクエストしても良いですか!?」
ゆったり振り返ったユンギへ遠慮がちな男性の声が寄せられ女性は頬を染めている。
「ああ、良いよ!久しぶりだから腕鈍ってるかもしれないけど」
二の腕を擦ったユンギは、にっこり微笑み、顔を見合わせたふたりの破顔を見て立ち上がった。
「そんなっ!A.N.Jellのライブ見に行ったんです!ついこの間じゃないですかー」
「うーん・・・暫く自分の曲弾かなかったからなー」
興奮気味に捲くし立てた女性へ、苦笑と小さな礼を返し、ギターを持ち上げたユンギは、一日の締め括りにと短いセレモニーを終え自分の日常の一部とばかりの変わらぬ余韻に浸っていたのだった。
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