開いたドアのその中で、見慣れない靴に首を傾げたその瞬間、見慣れた物であると思い至って動けずにいた。近づいてくる声の主は、ここには決していない筈の人で、顔を挙げられずにいると伸びてきた腕に顎を掴まれた。
『何をそんなに驚いている!?』
『ヒ・・・オッパ・・・』
片側だけあげた唇で、頬を掠めた口付けが、私の息を攫っていった。
『・・・ぁ・・・』
呑まれる息に崩される背中にぶつかったドアにハッとしてその体を押しやるも敵う筈の無い力の差にゾクゾクしてくる下半身にようやく離れてくれたテギョンssiにほっとしたのも束の間、すぐ傍で聞こえた声に更に驚愕した。
『ったく、お前って、結構即物的なんだな』
『は、お前はどっちかというと観念的だろ!俺とは、真逆にいるものなっ』
『ムードを大事にしてるだけだろ。お前みたいに自分本位じゃないだけだ』
おかえりと微笑んで近づいて来たシヌにも同じように唇を重ねられて、何が起こっているのかを回らない頭で考え始めた。
『っとに、お前等、いつもそんな感じか!?』
『まぁお前と違って滅多に会えないからな。会える喜びは、一入(ひとしお)だな』
『ふーん、俺、お前じゃなくて良かったかも』
『っどういう意味だよ!』
荷物を奪われて掴まれた手を握り締められた手を繋がれてリビングに連れて行かれ、肩を抱いていたテギョンssiに抱き上げられながらもまだ回りきらない頭が何かを掴み掛けて白くなっていた。
『オッ・・・』
『近い再会だな。コ・ミニョ』
『え・・・』
再び触れてきた唇にけれどここにはシヌもいて、簡単に受け入れられないそれに逸らそうとした頬を挟まれ。
『今更・・・』
皮肉気にあがる頬は、それは、壮絶な程に美しく、果たしてここがどこで、誰がいて等という事も瞬時に忘れさせるに十分な微笑みに深く重なって来る唇に思考を完全に奪われた。
『ぁん・・・っ・・・』
『そう、忘れてしまえ、今は・・・俺の・・・だ・・・』
囁きは、いつもそう。
余裕ありげに見えるこの人の余裕の無いその性急に重ねられる唇に全てを奪われる。
『あ・・・ッパ・・・っふぁはっ』
『ふ、妬けるね』
『え・・・』
額に落ちてきた唇と戻って来た意識のその認識に止まった思考が混乱し、シヌの腕に支えられながら床に下ろされた足が、上手く立つことが出来ず、腰と共に抜けていた。
『ミニョ大丈夫!?』
『大丈夫か!?コ・ミニョ!?』
並んでこちらを見る顔のそのどちらも今、ここにいる筈の無い人達だと漸く、ようやっと認識した頭が、頬を引き攣らせ、その強張りに上手く回らない口に顔を見合わせたふたりが私の両腕を引いた。
『話があるだろう!?』
『今朝の続きをしよう』
何。
何処。
何処へ行くのかと引かれるままに縺れそうな足で必死にふたりに付いて行き、使っていない寝室の扉を開けたシヌにベッドに放り出されていた。
★★★★★☆☆☆★★★★★
どうするんだと聞いた時のテギョンのその顔は、正直、初めて恐ろしさというモノを感じさせられ、無表情なこいつの美しさというものは、ペンの間でも有名だが、それが、それこそがこいつの魅力であって、あれに見つめられたら何でもしてしまいそうというのは、ある意味当たっているんだなとそんなどうでも良い事を考え、これがミニョが離れられない理由かなどとどうでも良い事に思い至っていた。
『やることは変わらないさ。お前、あの頃一度でもそれを考えなかったと言えるか!?』
そう聞かれて答えなんて口に出せなかった。つまりそれは、テギョンは、考えたことがあるという事なのだろう。ならば、それならば、あの頃、それをしていたならば、ミニョは離れる事も無かっただろうか。そんな事を考えながら、けれどこれは、過去でしかなく、今更何をどう考えたって、今は、違うと考えを打ち消していた。
★★★★★☆☆☆★★★★★
その考えは、一度ならず、何度も頭を過ぎっていた。
何故そうしなかったのかと過去に問えば、唯、ただ、プライドが邪魔をした。
シヌと共有した身体。それを知っていたのにその痕跡を事細かに探し出し、もっとずっと酷く感情のままに抑えつけ、犯しただけの日々。その中で、泣いてるミニョの傷みに自分も傷ついて、けれど、傷つくことでしか許されないと心の中でどんなに謝ってもそれを口に出すこともせず、結局悲しみの中でそのまま失った。再びこの手に出来たのは、他でも無いテジュンのお蔭だ。もしあの時、ミニョの妊娠をもっと早く知っていたら。けれどこれは、どうあがいても今更の詭弁に過ぎず、今度の妊娠が、俺達ふたりにそれを残す為だとそういうならば、シヌには悪いがそれは決して受け入れられないとそう思いながら、いつかの時と同じ様にミニョを追い詰めていた。
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