一週間後の空港のロータリーは、一種異様な雰囲気に包まれていた。
若い女性の集団は、あちこちでカメラや携帯を構え、警護服を着た男性に声を荒げて揉める者、それを諌めている者とこっそり敷居を跨ごうとした女性の足に躓きそうになったジェルミは、警備員に腕を掴まれた女性を横目に慌ててサングラスを押し上げ駆け出していた。
『危っなー、折角会心の変装したのにバレちゃうよー』
外の喧騒とは打って変わったロビーの中で、アナウンスに耳を傾けながら辺りを見回して二階を目指していた。
『うーん、ヒョン達どこにいるのかなぁ・・・待っててくれても良かったのにー何でこんなに早く来てるんだよー』
SNSを立ち上げチャット画面でミナムを呼びだしたジェルミは、すぐに戻ってきた返事にまた駆けだした。
『ミッナっ・・・ヒョーン』
『来たな』
『あーあ、目立ち過ぎだよ。変装してる意味ないじゃん』
『そう言ってやるな。イメージチェンジしようと必死なんだ』
クスクス笑うシヌの前に辿り着いたジェルミがムッと頬を膨らませた。
『必死じゃないよ!俺だって男だしっ大人なんだっ!』
『それが、必死だってんだろう!?ジアと同じ扱いされたからって、あっちは、王子様だぞ。ただの子供と見る方が変だ』
『それでも唯の子供じゃん!モッタ夫人も酷いよ!俺の方が食べ方が可愛いって全然褒められてないっ!』
増々膨れるジェルミを溜息交じりに見上げたミナムに向かってシヌも両手をあげて呆れていた。
『ジアは、帝王学教え込まれてるんだから仕方ないさ。ヌナが傍にいなけりゃそんなモンなんだろ。
本物の王子様相手にするより、目の前の皇帝・・・どうにかしろよ・・・』
顎と視線が指し示す方向では腕を組んだテギョンが、爪先でリズムを刻み、けれどそれは小気味よい旋律で無く、全身から溢れ出るモヤモヤしたどす黒い錯覚に目をパチパチしたジェルミは、慌ててしゃがみ込んでフードで隠した頭をミナムにぶつけた。
『何、何!?なんであんな怒ってんの!?やっと帰って来るのに嬉しくないの!?』
『嬉しいに決まってんだろう。あれは、ヒョンの裏返しのパフォーマンスだ。俺も結構解ってきたぜ。
やっかいな性格してるよなぁ・・・もっと素直になれば可愛いの・・・』
ゆらりと落ちる影にミナムの視線が上向いた。
見下すテギョンは、無言で頬を吊り上げ、立ち上がったジェルミはシヌに寄り添い、ミナムは、舌打ちをしてからゆっくり立ち上がった。
『しょうがねーだろっ!あれもこれもここんとこの仕事全部ヒョンの為じゃん!スキャンダル起こしたのはヒョンなんだよっ!事態の収拾してくれるってんだから好いじゃねーか!』
『お前、ミニョが心配じゃないのか!?』
『はぁ!?何の心配しろってんだよ。向こうで飛行機に乗ったの確認したし、今だって、ほら!』
携帯を取り出したミナムは、SNSに写るミニョを拡大してみせた。
着陸態勢の飛行機の中から送られてきた写真は、もうすぐ着きますとメッセージも添えられ、いつも通りのミニョがそこにいた。
『本当ならアフリカから帰ってきた時にこうなる筈だったんだ。けど、ヒョンは電話に出なかったし、ミニョは、身を隠しちまうし、あの女は余計な事言いに来るし・・・』
俺なんてと言いかけ顔をあげたミナムの前で首を傾げたテギョンが思案顔をした。
ハッとしたミナムは、口を抑えてシヌの後ろに回り込み、不思議顔のジェルミに突かれた。
『あの女・・・って!?』
『着いた様だな』
ミナムに背中を押されたシヌが、滑走路を指差した。
それを合図にサングラスを掛け直したテギョンは、季節外れなロングコートを手に歩き出していた。
その背中を見送って、暫くしてから漸く歩を進めた三人は、それぞれ顔を見合わせていた。
『あの女って・・・ひょっとしてヒョンのオンマ!?』
口を開いたのはジェルミだ。
あの場にいたのはシヌだけなのにそれを聞くジェルミをミナムが見つめていた。
『ヒョンのオンマって、有名な女優さんでしょう!?子供はいないって言ってるらしい・・・け、ど・・・』
『なーんでお前がそんな事を知ってるんだよ』
ジェルミの様子を窺いながら無表情のミナムが聞いた。
『ソヨンssiがジアの話をしてる時にチラッと教えてくれた。ほ、ほら、ヒョンがコンサートでミニョに告白した曲!あ、れ、ミナム達のアッパが作った曲なんだろう!?俺、ヒョンの新曲だと思ってたんだけど・・・』
『だから!?』
『う・・・ん・・・あれ良い曲だったよね・・・でも、なんていうかヒョンらしくないっていうか・・・俺の知ってるテギョンヒョンは、切ない歌も作ってたけど、なんていうか上手く言えないけど・・・』
口籠るジェルミの肩にミナムの腕が回り、あっという間に頬に唇がぶつかっていた。
驚いてそこを撫でるジェルミを余所にニンマリ顔をシヌに向けたミナムは、腕を絡ませた。
『知らなくて良い事って沢山あるけどさ!俺達A.N.Jellだし、やっぱり秘密は無い方が良いよな!』
『なんだミナム唐突な・・・』
『うーん、シヌひょんの秘密はさ、ミニョをまだ好きな事だろ!?』
傾いた顔と合わせた目を眦を僅かに上げたシヌは、、微かな笑みを浮かべて正面を向いた。
『・・・・・・さぁな』
それを覗き込んで満足そうな笑みを浮かべたミナムはジェルミに向き直った。
『ジェルミの秘密は、それもあるけど、ミニョの前で泣いたことだよな』
『なっ、なんで知ってるー!?』
『ヒョンの秘密は、確かにオンマの事だけど、それは、ヒョンがその人に捨てられ勝手に生きてきたと思ってるからで、本当は、あの人もちゃんと母親なんだ・・・』
「ギョンセに子育てなど出来たと思うか!?ファランが育ててもギョンセが育ててもあんな真面な大人に育ったと思うか!?」
「ヒョンなら出来そうじゃん。真面かどうかはともかく、トップスターにまでなってんだから相当な負けず嫌いだろう。運だけであそこまでいけるのかよ」
「お前は案外と賢い様だな」
「揶揄う為に呼んだのかよ」
「いいや、ファランが訪ねた件を謝罪する為だ」
「なんで爺ちゃんが謝る必要があるんだ!?」
老人の言葉を思い出し、老人の話を思い出し、老人がその家族を見守ってきた事を知り、それをわざわざ自分に聞かせる意味を考え、そんな事を思い出していたミナムの沈黙をジェルミが割いた。
『ミナムは、その人を知ってるの!?』
『ああ、ミニョも知ってる。だから、ヒョンの事放っておけなかったんですとか言ってたけど、なぁ、これって同情だと思わね!?』
いつの間にかジェルミの腕にも絡めていた腕をシヌのそれと同時に引っ張ったミナムに落ちそうな帽子に手を掛けたふたりも慌てて駆け出した。
『同情と愛情は違うって言うけど、間違えやすいからだよ!』
『恋も哀れも種一つと言うじゃないか』
『だから、俺、ミニョはまだ同情だと思うんだ!』
到着口に立つテギョンの横で止まったミナムは、その顔を上げて両の口角で不敵に笑った。
『だから、俺の秘密は、ヒョンをこの先も虐め続けるってことで!』
『は!?そんなの秘密でも何でもないじゃん!』
『面白がってるだけだろう』
『何の話だ!?』
きょとんとするテギョンを横目に出てきたミニョを視界で捉えたミナムは、コートを引っ掴んで、警護柵を飛び越えていたのだった。
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