帰国して間もなく、老人に呼び出されたテギョンは、ミナムとFグループの本社を訪れていた。
『良いだろう。思っていたより出来も素晴らしい』
壁に掛けられたパネルを見上げて恭しく頭を下げて下がって行く秘書が扉から出て行く様を見送った老人は、大理石の床に杖の音をひとつ響かせてソファに腰を下ろしていた。
『持って来たか!?きっちり書かせたんだろうな』
その正面でどちらからともなく顔を見合わせたテギョンとミナムは、その間に置かれた革張りの冊子を押し出した。
『コ・ミニョに詳しい話はしていない。モデルといってもただ、写真を撮られるだけの観賞対ぐらいにしか思っていないだろう。Fグループの仕事を最優先にするのは、アン社長が了承済だ。デビューという形は採らない。当然記者会見もしない。メディアは、そっちで抑えてくれるって事で俺のスキャンダルと合わせて帳尻あわせをして貰う』
ふてぶてしい物言いのテギョンに冊子を開いていた手が僅かに止まって、閉じられた。
『シヌもジェルミも仕事の内容はまだ知らない。専属契約について知っているのは、ミナムとアン社長だけだ。一年は、コ・ミニョを何が何でも守って貰う!』
『一年後はどうするのだ』
『一年あれば、俺があいつに教えてやれることも多い。あいつが覚える事もだ。その間に芸能人として歌手としてデビューする準備をさせる』
ほうと老人が感心した合間にぎょっとしたミナムが横を向いた。
『な、そんな事までっ俺っ聞いてないぞ!』
『ま、その間にあいつがうんと言えば結婚してやらなくもないがな』
『は!?え!?な、何言ってんの!?』
『お前の契約上あと二年は結婚できまい』
『ああ、この前結んだばかりだからな・・・失敗だったな。ヨジャチングの事等まるで考えていなかったし、そこまで思える程の女がいるなんて思いついたことも無かった』
そうかと頷き立ち上がっていたミナムを座らせた老人は、脇に置かれていた冊子を手渡した。
『何ですか!?』
きょとんとしながらそれを開くミナムは、老人と目を合わせた。
『こ奴はそう思っておってもお前の許可が無ければ、婚約も結婚も出来まい。明日の事など誰にも判らず、人の心も移ろい易い。今はこう言っておっても一年後には、別れているかもしれない』
今度はテギョンが、ぎょっとして老人に頷いているミナムを横目で睨みつけた。
『マンションの契約書!?えっ!?すっげー江南(カンナム)じゃん』
『そうだ。契約金の一部を保証金に充てておいた。うちの役員専用宿舎だ。秘密も安全も保証してやる。こ奴が暴走する様なら使うと良い』
『へー、爺ちゃん話が分かるねぇ』
『勝手に決めないでくださいっ!』
立ち上がったテギョンが、ミナムの持つ契約書に腕を伸ばした。
『へぇー、家賃は、俺とミニョの仕事の配当かぁ、っていうことは、俺にも何かさせてくれんの!?』
テギョンを交わして立ち上がったミナムは、契約書を持って部屋の中を逃げ回り始めた。
『来月、ちょっとしたパーティがある。そこで、ファン・テギョンにCM撮影をして貰う』
ミナムに肩透かしをされたテギョンは、、片膝をソファに残してミナムを探し、舌打ちをして追いかけ始めた。
『我が社の創立記念のCMだ。コンセプトは、企画室から後で渡そう。音楽はいつも通りテギョンが担当するが、パートナーはコ・ミニョだ。それが終わったら、A.N.Jellそれぞれのコンセプトで、各ブランドのCMを作らせる。そのCMソング全てを担当して貰う』
『へぇー、ミニョじゃなくて俺に歌わせるのか!?』
『そ奴の希望だ。「マルドオプシ(言葉もなく)」は、コ・ミナムのデビュー曲だそうだな』
『ああ、ミニョの音源全部アン社長が回収した後、俺が全部似せて歌い直した。双子だし機械とかで分析しなきゃ判らないって言われたけど、そんな暇も金も持て余してる奴が世の中にはいないとも限らないし、ファン・テギョンに潰れて欲しい奴も一杯いるみたいだっ・・・』
壁際に追い詰められしゃがんで交わそうとしたミナムの腕をテギョンが掴んでいた。
振り返るミナムにニヤリと笑って見せたテギョンは、契約書に手を伸ばしてあっさりそれを奪いとり、
天井に腕を伸ばして中身を確認し始めた。
『ヒョン!卑怯だぞっ!俺より背が高い事を自慢するなよなー』
『お前がチビなのが悪い。ふ、ん、江南のペントハウスか、事務所からも近いな』
『返せよっ!ヒョンが使う事なんかないんだからっ!住所なんか知らなくて良いだろっ』
『仮にミニョがひとり暮らしをしたいなら必要な情報だ。恋人の居場所位知ってて当然だ』
閉じた契約書を低い頭に叩きつけたテギョンは、ソファに戻り、落ちてきたそれを胸に抱えたミナムは、首を傾げた後、ハッとした顔で背もたれを器用に飛び越えた。
『なっ、な、な、何考えてる訳ー!?そっちの方が危ねーじゃん!』
『俺達と同居させるのは心配なんだろう!?』
『だからって独り暮らしさせるとは言ってねーだろっ。俺だって一緒に住むぞっ』
『お前は、A.N.Jellだ。そんな事許される訳がないだろう!?俺のスキャンダルが終息しても休んでいた間の不仲説は、まだ続いているし、嘘つき妖精が俺と恋人ごっこしてた件もまだ騒いでる奴がいるからな。それにコ・ミナムは、片想いなんだろう!?嘘つき妖精がA.N.Jellを訊ねるのは、未だに俺に未練があるからだと書かれていたぞ』
『ある訳ねーだろっ!ヘイは、俺に惚れてるのっ!ヒョンは振られたショックでコンサートで偽物の恋人仕立てて派手な演出したんだって書いてた奴もいたじゃん』
テギョンの横で派手に大笑いを始めたミナムにピクリと寄った眉と頬が引き攣っていた。
ミナムの胸倉を掴んだテギョンが名を呼ぶと同時に開いた扉から静かに入ってきた秘書が老人の脇でミニョの名を告げた。
『チェ・ソヨンssiが空港まで迎えに来られるそうです』
『そうか。で、帰国は一週間後か!?』
『はい。実質的な滞在は一日のみです。企画室の社員を一名同行させました』
そうかと秘書の開いた書類にサインをした老人は、お茶に手を伸ばした。
『何の話だよっ』
テギョンに組み敷かれるミナムが眉間を寄せて聞いた。
『知るかっ!コ・ミニョは、今日っどこにいるっ!?』
『社長に呼ばれてるって事務所に行ったぞ。それ以外の予定は聞いてない』
『たった今アフリカに向かった。一週間後の帰国に合わせてお前達には芝居に挑戦して貰う』
絶句したテギョンの顎を押し退けて座り直したミナムは、老人の差し出したストーリーボード(絵コンテ)を凝視していたのだった。
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