『スイス!?』
『ああ、見知らぬ土地の方が良いと言うからな』
かといってと懸念を表して書類を捲っていたアン社長は、渋々許したが、まだまだ納得がいかないとテギョンにメールを送っていた。
『あいつに世話になると言ってはいるが、でもあいつの住まいは、田舎だろう・・・それに・・・』
それにテギョンに世話など出来るものか、か。
昔の俺ならその評価にあっさり同意をしただろう。
けれど今の俺は。
『もう少し買い被っても良いと思いますよ。あれでもテギョンはひとりで子供を育ててるくらいだし、家政婦さんもいるでしょう。お互い大人なんだし』
困った事にはならないだろうとそう思いつつ、何故、と考えた。
『でも何で突然そんな事を!?』
『武者修行をもう一度したいそうだ。アメリカでは、それなりの成果を挙げられたから今度はヨーロッパと思ったらしい。A.N.Jellのアジア人気は不動だからな。向上心は有難いが、仕事をどうすると聞いたらドラマの話を引き受けると言うんだ』
『交換条件ですか』
『ああ、まぁ、是が非でもミナムでと来た話だからな。オーディションもあるんだが・・・断ろうにもプロデューサーが、俺の先輩で、ミナムが駄目ならウビンかサンテを出せと言われてな。けどあのふたりは、新曲を出したばかりだから今は、音楽番組に集中させてやりたかったんだ』
『へぇ・・・ミナムが、ね・・・』
『ああ、ああ、そうだシヌ。ミニョssi帰って来たんだろう!?空港の写真トップニュースになってたぞ』
『え、ああ、そうなんです。それで、お土産を・・・』
『お、いつも悪いな!今度は、テギョンにも会えたそうじゃないか』
『ええ。そうらしいです』
今度ね、本当は、いつもだと思いながら社長室を後にしてスタジオへ向かい、そうは思ってもこれは俺達だけの秘密だから、詮索をされても良い様にいつも当たり障りの無い答えを用意していた。
この秘密は、一生外には漏らせない。
漏らしてはならない。
けれどミナムの渡航の話は、寝耳に水で、ミニョの隠し事もあり、社長の持ってる懸念とは別に早々にテギョンと話をしたいと思っていた。
★★★★★☆☆☆★★★★★
ミナムオッパと会うのは、そう珍しい事でもないのに正直、間が持たないと思っていた。お土産を渡そうと連絡をした時は、普段と何ら変わりも無くて、家とは別な独り住まいのマンション下の喫茶店を指定したのに会うなり部屋に来いと言われて怒っている様などこか素っ気ない背中に何かあったのだろうかと思いながら今に至っていた。出されたお茶を飲み、窓の外を眺めて、こんな事がずっと前にもあったかもと思い出しながら薄ら寒さを感じた。
『なぁコ・ミニョ、お前さ・・・』
キッチンに立って俯いたまま言い難そうに口をきいたオッパに、ミニョではなく、コ・ミニョと呼ばれ、やはり自分かと背中がうっすら寒くなり、返事が固くなってしまった。
『いや・・・ん、あのさ・・・テギョンヒョン・・・』
テギョンヒョンと、とそう話し始めたオッパのカップを持って近づいてくる顔を見ながらしかし、その名前に感じる緊張は、緩やかに坂を昇り始め、遠く聞こえる声に素通りしていく話に渇きを覚えさせられた。
何、何で今、オッパ。
A.N.Jellの活動は、須らく続いているのだから別段、不思議でも何でも無い。
ただ、テギョンssiが国内にいないだけ。
アルバムもシングルもコンサートの回数は格段に減ったけど、けど、けれど、ミナムオッパの口からシヌの名を聞くことはあってもその名を聞くことは、この数年、なかった。
私の前を避けたのか。
シヌの手前を遠慮しているのか。
何故。
何で。
何を言うの。
オッパの話に耳を貸さなかった私。
オッパは、ずっと別れろと言っていて。
そう、だから、これは、偏に私自身があの頃強く感じていた後ろめたさ。
オッパにあんな顔をさせた後ろめたさだ。
そう思いながら、緊張で震えそうな足に力を入れ、ミナムオッパを見なくてはと顔をあげると、俯いたままのオッパは、照れた様な困った様な口元でカップを見ていて、それに少し、ほんの少しだけほっとして返事を成功させた。
『オッパ、どこかへ行くのですか!?』
辛うじて聞こえたスイスの気候の話とドラマの話に平静を取り戻しながら呼吸を整えた。
『ああ、アメリカでの一人旅は、俺としては大成功だったんだ。それで欲が出てさ、ジェルミは、イギリスで成功しただろう。親の力だなんて笑ってたけど、A.N.Jellとしての知名度はあっても俺個人でどこまで出来るのか今度はヨーロッパで試したいんだ。丁度、ヒョンもいるからさ』
ただ。
唯と続いた言葉に大丈夫ですと返事をしながらいつもの様に用意している答えを返していた。
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