『どう思う!?』
飛行機を見送って、到着時刻の少し前に受け取ったメールを開いていた。
添付ファイルは病院の検診記録で、そこに一枚の写真が添えられ、モノクロのそれは、一目で見当がつくもので、隠されていたと聞かされ驚いていた。
『隠す理由か・・・あいつは、お前と結婚しているんだから子供が出来たっておかしくはない・・・あるとしたら俺のせいだろう・・・』
またなのか、と考えを巡らせながら、何を考えていると帰り際の笑顔を思い浮かべていた。
『お前のせいだとは思わない・・・俺達そういう協定だからな・・・下ろしたいのかな』
『馬鹿馬鹿しい、それが嫌で別れたんだぞ、そんな訳あるか』
眼鏡の淵に目についた汚れを落そうと外した先で、倒れた写真立てが、何かを暗示するようで嫌な気分になったが、PCの向こうのそいつも同じ気持ちを抱えていると思うと自然笑みにすり替わっていた。
『まぁ、飛躍し過ぎだとも思うけど、あの時と同じだろう・・・・・・可能性は、どっちにもあるんだぞ』
『仮に俺の子だとしたら、まぁ、お前と親子ってのは無理が生じるかもな』
『俺もそう思うよ・・・テジュンの顔を見ると余計にそう思う』
『俺は、助かってるけどな・・・養子だと思われなくて良い』
『本物の親子なんだから当たり前だろう・・・テジュンには、まだ、言ってやらないのか!?』
『当分言うつもりはない。それを言ったら母親の事も話さなくちゃならないからな。あいつの苦労を無にするつもりは無いんだ』
『・・・教会から礼状が届いてたよ・・・俺の名前でも寄付を送っておいた・・・』
そうかと返事をしながら俺にも同じものが届いていたことを思い出していた。
あれから、教会というよりも神父に個人的に送り続けている金。
必要は無いと何度も断られたが、ならば、せめて、教会の周りにいる大人の面倒を見てくれないかと頼み込んだ。
あの時の絵描きは、どちらかというとそういう境遇だったから。
『俺達の関係は、世間から見れば限りなく異常だ・・・ったく、お前が引いてくれれば良かったんだ』
『そっくりお前に返すよ。さっさと身を引けよ』
憎まれ口を叩きあいながら、こんな事が日常茶飯事になるなどあの頃は、これっぽっちも予想をしなかったと考えていた。
刺し違えても良いと思うくらい憎くて愛しくて、けれど、どちらも選べなくて、何度零れたか判らない涙は枯れる時などあるのかと思う程、毎日泣いて哭かせた。
熱は、溜まる一方で、発散する為の方法が、それしか無くて、あの頃付けた傷は、今でも微かな痕として残っている。
それを辿りながら繰り返す睦言は、この上なく甘美で、零れて来る蜜の全てを体中に塗り込めたくなる。
『・・・引くつもりが無いからこその提案だ』
『似たもの同士ってミナムが笑ってたぞ・・・あいつやっぱり・・・気付いているんだろうな・・・』
『そうだろうな、ミニョの渡航も頻繁だし・・・以前から・・・・・・そう・・・だからな・・・』
『抱いたのか!?』
遠慮が無くなったこいつの口調に瞬間的に怒りが込み上げるのは変わらないが、あれに比べればどうという事は無くて、結果的に自嘲が誘われる。
『知らなかったんだから当然だ・・・・・・知っていても機会を無駄にはしない・・・』
お前は。
お前も当然そうだろう。
今更遠慮何て言葉は、俺達の関係が変化した時に捨て去られ、これみよがしにあいつの体に残っている痕は、俺への祝福に他ならない。
『俺も引く気は無いって言っているだろう・・・言うつもりが無いなら・・・いつも通りだ』
『そうか・・・・・・それが良いだろう・・・』
★★★★★☆☆☆★★★★★
切れたPCの暗がりを見つめながらそこに写る自分を眺め、サングラスの下の下がった口角を見えないマスクの下であげていた。
あの時と同じなのかと締めあがる心臓にしっかりしろと自分に言い聞かせ、泣かせても、どれだけ泣かせて喚かせたとしても、もう二度と同じ過ちは、繰り返さないと誓っていた。
選択は、残酷以外の何物でもない。
何を選んでも何処かに傷は残るのだ。
自分か、他人か。
違いは、それだけだ。
どれだけの傷が残っていようとそれを受け入れたかったのは、自分で、傷を広げると解っていても掴みに来たのはあいつだ。
お前に、お前の中に選択の余地なんてあったのか。
今更にそんな事を考えても俺達は止まれない。
俺とあいつとお前と、三つ巴の業火は、一度経験してしまったあれ以上にはなりようが無い。
だから、だからこそ、受け入れたんだ。
手放すくらいなら、毎日泣くくらいなら、泣くのを見る位なら。
悔しさなど疾うに何処かへ捨てた。
お前が、知らないだけだ。
きっと、俺の方が、俺が、あいつよりもお前よりもより傲慢だという事を。
優しくなんてしてやらない。
打ち明けるつもりが無いのなら、それなりの事をして貰うだけだ。
あがりきった口角に自嘲も漏らしながら、到着ロビーに向かった。