一か月という長い撮影旅行の帰国日が後一日に迫り、その準備に追われながらも早朝に早々帰国していくスタッフを見送っていたテギョンは、ポーチの向こうから眠そうにけれど足取り軽く戻って来たシヌを見ていた。
『散歩か!?』
短い返事を返しながら通り過ぎようとするシヌの腕を引いたテギョンが顎をしゃくった。
『話がしたい・・・』
それを最初に避けたのはどちらだったか、ミニョを連れ戻して以来、朝帰りが増えたシヌにテギョンは見て見ぬ振りを繰り返し、早朝のリビングの出来事もそうしてやり過ごし、まずミニョと話をしなければとそればかりに気を取られてきた今日漸くシヌと向き合っていた。
『なんだ!?』
素っ気ないといえばそれまでだが、これまでもそんな間柄であったのは否めず、付かず離れず互いに音楽に対する切磋琢磨をするだけのバンドメンバーとして向き合ってきたふたりは、コ・ミナムという存在を挟んで初めて互いを恋のライバルと意識し、ミニョの選択はともかく、想いや行動に心を砕き痛めて来たのは、どちらも同じだ。
『ここでは、ミナムが戻って来る。向こうで・・・』
聞かれて困ることはないが、ミナムの存在を気にするテギョンにシヌも黙って従った。
『ミニョの仕事と同居の件ならミナムから少し聞いてる。社長も乗り気だそうだな』
温室の扉を閉めたシヌがテギョンにそう切り出した。
『ああ、契約はまだ先になるが、アン社長も事務所として契約の準備中だ・・・』
そんな事を話したい訳では無いと振り返ったテギョンの視界でシヌがニヤリと笑った。
『俺にどうして欲しい!?』
『どうこうしてほしいとは思わない、けど・・・お前、まだ、ミニョを・・・』
口籠るテギョンの前を通り抜けたシヌは、植物を気にする素振りで歩き始めた。
『好きかって!?それは、そう簡単に忘れられる感情じゃぁないからな。スキャンダルを作ったお前が誤解があったにせよミニョを数か月も放っておいて泣かせた事実は事実だ。知ってて隠した俺も悪かったとは思ってるけど、それがミニョの、再会した時の望みだった』
何度もテギョンに伝えようと思ったその状況は、けれど泣いてるミニョを見て慰める度に薄れて、ミニョが本当に欲しているものをシヌだって知っていた。
『最初にお前の背中を押した後、もし仮に二度目は、無い・・・とそう思っていた・・・けど、チャンスが転がり込んで来て、こういう仕事をしているとそういうものにもある程度は敏感になるからな。いっそこのままお前を蹴落とそうかと考えたよ』
棘のあるその物言いにテギョンが眉間を寄せていた。
『けど、ジェルミも・・・コ・ミナムも、お前は、そういうことを絶対しないと言い張ってな。A.N.Jellを守るのが優先だと俺に相談に来るふたりに本音なんかこれっぽっちも吐けなかった』
『っ・・・そっれが、お前の本音だと!?』
『さぁな、だが、俺がまだ、ミニョを忘れられないのは本当だ。でも、俺は、A.N.Jellも大事だ。だからファン・テギョン、これだけは覚えておけ!お前ひとりで作っているバンドじゃぁないんだ!俺もジェルミもミナムもお前の音楽的な才能を尊敬してる!それはこれからも揺るがない自信がある!けど、けどな、ミニョの事は、別だ。どうこうしてほしいと思わないのなら口を出すな』
『貴っ様っ・・・』
拳を握り締めていたテギョンがシヌの背中を掴みかけたその瞬間。
『はーいはいはいはいはいそこまでー』
『ミッナム・・・』
『コ・ミナムっお前何でここに・・・』
大きく手をあげたミナムが腕を振りながらきょとんとするふたりに近づいて来た。
『ったく、ふたりとも感情的になり過ぎっ!』
シヌとテギョンの間に割って入りその胸を押したミナムは、ふたりを交互に見上げた。
『シヌひょん思ってもいない事でヒョンを挑発しないでよねっ。傷つけるなら俺がやるんだからっ!ミニョのナムジャチングなんて俺の敵でしかないんだっ!ったく、撮影中は、そうでもなかったから気にもしてなかったのに・・・最終日にこれかよ・・・』
大袈裟に肩を落として呆れ口調で反対側に立ったミナムをシヌもテギョンも無表情で見下ろした。
『良ーい!?ふたりとも!この際はっきり言っておくけどっ!俺様、このコ・ミナム様が認めない限り!ミニョの同居も契約もどっちもないのっ!ヒョンとミニョがどんな話をしたか知らないけどっそもそも宿舎なんて狼しかいない処にミニョをずっと置いておけるかよっ!ジェルミだって油断ならないんだぞっ!一か月も同居してたから今更とか思ってるだろうけどっ!そんなのそもそも俺っ、許してないんだからねっ!』
唇を引き結んで顔を見合わせたシヌとテギョンが、ミナムを見た。
『お前が原因だろう!?』
『ミナムがミニョに一か月も身代わりさせたんだろう!?A.N.Jellに正式加入できたのだってミニョが頑張ったからじゃないか』
『なっ・・・』
『シヌの本音が聞けたから俺は、もう良いぞ。全力で阻止するだけだ』
『俺も・・・テギョンがそういうつもりなら、もう一回くらいミニョに告白でもしてみるさ』
『えっ!?』
きょとんとするミナムを残して仕事の話をしながらソヨンの屋敷に戻って行ったシヌとテギョンだった。
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