ぶつぶつ文句を言いながらもミニョを抱き上げて撮影対象としての仕事を熟すテギョンは、ソヨンの注文のまま、自分の思うままのポージングを決め、その遥か上空三階建ての建物に相当する吹き抜けの天井近くでは、いつの間にか移動をしていたスハがティーカップを差し出していた。
『あれが、ファン・テギョンか!?』
『ええ、ソヨン様の今のお気に入りってところですかね』
『ふっん・・・あれが気に入りなら俺でも良さそうなものを・・・』
『顔の問題じゃないでしょう。それに貴方は、特別じゃないですか』
『ふ、特別なのは、兄上だけだ。俺は、疾うの昔に振られたぞ』
『振ったのに睦みあってくれるのですか!?』
間髪入れずに返った質問に金属が擦れる音が響いていた。
小さな動揺を笑って見過ごすスハは、バルコニー風に作られた螺鈿に手を乗せ、身を乗り出した。
『あそこにいるカン・シヌという青年にソヨン様が仰ってましてね。心は、あげられない。そう言う事が
どれだけ辛いか、嫌いではないだけにとても辛い・・・と』
『・・・ふ・・・っん、誰の事だか・・・』
『誰でしょうね。二度と戻らないと言ったのにそうさせた人物がいるらしいですね!?』
手摺に背中をつけて振り向いたスハの笑顔を睨みつけた男は、やがて頭に乗せていた布で顔を覆い隠して横を向いた。
『ジアを後継者に指名したのもソヨン様の為なのに・・・結局貴方は初恋を忘れられないんだ』
『初・・・恋か・・・そう呼べるかどうか・・・女を知らない訳では無かったぞ』
『貴方の頬を張る程の女性はいなかったでしょう!?まして、馬乗りで殴る様な女性・・・』
スハの横顔を見つめながら男は当時の事を考え、産み月間近の妊婦で在りながら駆け寄ってきたソヨンのその腹を気遣ったばかりの躊躇いが床に背中を付ける破目になり、落ちてきた長い髪に見惚れた一瞬の出来事を思い返していた。
『兄上を馬鹿にしたつもりはなかったけどな。何が気に障ったのか未だに教えてくれんな』
『ふたりの事は、ふたりにしか解りませんよ。貴方達だって・・・兄上は、ただ、子供が欲しかったのだと、ただ、ソヨン様を見つけた時にどうしても彼女の子供が欲しくて、一生を翔るに足る恋だから全てをくれと口説いたそうで・・・たった一度に全てを賭けたのだから幽閉されてても幸せだと仰ってましたよ』
『似て、いる・・・か・・・』
聞き逃す程小さな呟きに反応したスハが、また下を見下ろしていた。
『何です!?ああ、あのコ・ミニョという娘も短い期間に色々あったそうですね・・・アフリカからソヨン様が連れ帰って・・・そういえば手続きをされたのシャリム殿でしたね!?』
『ああ、夜中に起こされて・・・二つ名を使うと脅されて・・・な・・・あれは、花嫁にしか許されない・・・兄上しか知らない名だから・・・・・・それを使われたら俺は、ソヨンを探すことも出来なくなる・・・ジアにも会わない気かと聞いたらソヨンの奴、それは別だと言いやがって・・・』
────楽しい事も苦しい事もいずれ一方が重く大きくなれば、シーソーの様にバランスを取ろうとするのよ。神様は誰にでも平等だと教えてくれた人がいてね、神様って天秤を持ってそれを量っているんですって。でも人間は鈍いからそのどちらか一方だけが自分にとって重いと感じるらしいわ。幸せを感じるのも不幸を感じるのも人間が鈍いせいなのよ。オッパだって全然神様なんかじゃない。私達がどんなに彼を凄いと思っていたって彼だって人間なのよ。至高の存在になれるように努力をしてるだけだわ。誰も彼もがそうやって生きているの。だから自分で決めなさい。オンマは、ここには戻らない。アッパが大切だけどジアが大事だけどオンマは、外の世界からアッパを支えてあげたいの────
幼子に、まだ、何も理解も出来ないであろう子供相手にそんな事を言っていたソヨンの背中を思い出して、受け入れて貰えない恋と彼だけを愛しているという言葉に感傷に浸り、その恋がファン・テギョンとミニョに重なるから助けたいのだと電話がかかってきた夜を思い返すシャリムだった。
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