『では、これで、契約履行ということで・・・』
最後の最後、サインをする為のペンを渡しながら、弁護士バッジをつけた男性が、緊張の面持ちで、憮然として椅子に座る美丈夫を見下ろしていた。
『良い買い物を為さいましたよ』
『ふ、ん、この通りに進まなければ、いつでも破棄をするからな。その覚悟で来させろっ』
遠巻きで談笑しているスーツ姿の集団を見据えながら小声で睨みつける返しを苦笑いで受け止めていた。
『ま・・・またぁ・・・そういうことを言わないでくださいよ。私も結構骨を折ったんですから・・・』
『チッ・・・まぁ、将来への投資だ。今のままではいずれ資源なぞ枯渇するんだからな』
『スハが責任者なんだから大丈夫よ。貴方の右腕は、国の隅々までを知り尽くしているわ』
隣に座ったソヨンが明るく笑い、弁護士が首が折れるのではという程力強く何度も頷いた。
『ふ、ん、そんなの誰より承知している。俺が見つけた。俺の頭脳だ』
サラサラとサインを書き終えた書類を閉じた美丈夫は、一部を弁護士に渡し、立ち上がったソヨン
と集団へ近づいて行った。
『皆様、今日は、お疲れ様です。上階でお食事を為さってくださいませ。口が肥えた方々に試食して頂けるとオーナーも喜んでおりましてよ』
『我が国をモチーフにした料理もあるそうだ。メインはフランス料理だそうだが、五つ星の料理を堪能してくれ』
同じ社章をつけたひとりひとりと握手を交わして、廊下へ送り出し、極上の微笑みを浮かべたままソヨンが、扉を閉めた。
『・・・っふっはぁぁあああ、ったく、こんな会合に何度も引っ張り出さないで欲しいわよぉ!まったく』
解けた緊張に誂えられた長椅子に倒れる様にうつ伏せたソヨンは、片肘ついて上半身を起こした。
『ほっほっ、姫は、ご機嫌斜めだのぉ』
見下ろした老人の為に足を引き寄せたソヨンは、開いた隙間へ座る様に促した。
『っとに、爺やがいるなら、私なんかいなくても十分じゃないっ!来てるって聞いて無かったわよ』
『爺は、いつでも俺と共にある。居て当り前だ。最強のボディガードだぞ』
頭の布を肩に落とした美丈夫は、テーブルに残された契約書を弁護士に渡し、控えていた数人の侍従と去っていくのを見送った。
『ね、爺や、また、小さくなった!?』
『ふぉほほほ、それは、爺も年ですからのぉ』
『見た目に騙されるのよね・・・腰もしっかりしてる!癖に!』
ソヨンの長い脚が体に届く寸前に素早く立ちあがった老人は、顎を摩りながらほくそ笑んだ。
『ほっほっ、まだまだ若い者には負けんですぞ』
『ふん、相変わらず逃げ足は速いわね・・・あ、ね、そういえばシャリム!あれ、どうなった!?』
シャリムと呼ばれた美丈夫が振り返り、ソヨンをじっと見下ろした。
『チャーターしたんでしょう!?どうせなら撮影に使うわ』
『クルーザーの事か!?チャターするのは面倒なのでジアに選ばせて一隻買ったぞ!帰りはそれに乗る予定だ』
『っげ、どれだけ大きなものを買ったのよ・・・それにジアをダシにしないで。貴方が見たいんでしょう!?』
『俺をアシスタントにさせなかったんだ。それくらいは聞いても善いだろう!』
『一か月も国を留守にして遊び呆けてるなんて当主失格だと言っているだけよ』
『ジアの社会勉強の為だ。それに兄上がいるから政務に支障もない』
『ったく、あの人は、貴方に甘すぎるのよ・・・後で文句言ってやる・・・』
『帰るなら、いつでも乗せてやるぞ』
『すぐには行かないわよ。この仕事が終わったら予定通りアフリカヘ行く』
『そうか、俺も暫くは忙しくなるからな。この休暇は、兄上が俺にくれた褒美だ』
シャリムが伸ばした手を取ったソヨンが立ち上がった。
『ミニョに見つからなければ良いわ。あの娘、まだ色んな意味で動揺してるから、貴方みたいなのにうろつかれて誰彼構わず口説かれると上手くいくものもいかなくなりそうで困るのよ』
『ふん、同じ顔に生まれたのは俺のせいでは無い』
『そんなの百も承知よ!貴方は、女を大事にするけど独占欲ってものを知らないって言ってるだけ』
『ファン・テギョンって奴は、そういう奴なのか!?』
『さぁね、私もまだ知り合って日が浅いから知らないわ』
ドアを開けようとしたシャリムの腕を抑えてソヨンが睨んでいた。
『A.N.Jellと一緒の時は、邪魔をしないって約束よ。ジアは後でここに連れて来るわ。オーナーには
私からお礼を言っておくから・・・』
老人が差し出した大きな花束を抱えシャリムの頬にキスを残して部屋を後にしたソヨンだった。