五つ星のレストランの開店祝いと称して行われているパーティで、顔見知りに声を掛けられたルネッタと離れて、ひとしきり、ジアを連れたミナムやソヨンと別れたジェルミとフルコースメニューを立食形式に小さく盛り付け、並べられた食事やお酒、お喋りを堪能したシヌは、風に当たろうと会場を歩き回ってひとりテラスへ出ていた。
『手に入れたものを手放す時って存外・・・勇気が必要なのよ・・・・・・ね』
開放されたテラスは、室内の豪華すぎる明かりによって煌々と照らし出されてはいるが、先端に向かう程明かりも遠くなり、見知った者ならば後ろ姿で判別も出来ようが、男女の区別が付くのがやっとで、シヌに背中を向けた女性の呟きを聞いていた。
『でも、案外あっさり捨てられるものもあるから・・・その時次第、か・・・な・・・』
訊ねるでもない独り言を聞きながら、横切ったウェイターのお盆からシャンパングラスを手にしたシヌは、それを差し出して横に並んだ。
『何です!?女性の独り言は、苦しい恋の言い訳ですか!?』
掛けられた声にちらりと小脇を盗み見てルネッタが可笑しそうに笑った。
『そうね。物にだって感情があるというのは、もっと東の・・・ああ、貴方達の国は、そういう考え方をするのよね!?』
『俺達の国も貴方達と変わらないと思いますよ・・・もっと東・・・イ、いえJapanという国は、そういう考え方をするようですけどね。狐狸や妖精の類が意地悪をするというのが普通でしょう!?ああ、でも、竜に関しては、西洋と東洋の考え方は真逆ですよね』
『ああ、蛇とか爬虫類って地を這うからよ。独特の動き方だし・・・特に蛇は、その身ひとつで象を絞め殺すと言われるでしょう。荒野にあっては、蛇程恐ろしい物は無いってそう教えられるの。もっと北の方の伝説なら、人魚と関わりがあるわね。セイレーンなんかは、歌声で呼び寄せて殺す・・・土台、鱗を持つ生物は、神格化されてるモノもあるけど、忌み嫌われてるのよ』
世間話という会話を弾ませながらしかし、ルネッタは、じぃっと下を見据えていた。
こちらを向くことも無い、真剣な眼差しの横顔を見止めたシヌもまたその先を見下ろした。
『・・・あ、れは!?』
階下のテラスの内側で、ソヨンのドレスが翻り、その腰を支えてエスコートしているであろう男性が見え隠れしていた。
『私の雇い主よ』
頭から体をすっぽり覆う程大きな一枚布を被り、その頭部は、黒いリングの様な物で、落ちない様に工夫され、所謂、ここよりもう少し東方の地域独特の出で立ちだ。
そういえば、初日にソヨンを迎えに来た車の運転手ももっと簡素だが、そんな姿だったとシヌは思い返していた。
『ソヨンssiでは無いのですか!?』
些か驚いたと声に現したシヌに漸くルネッタが向き合った。
『いいえ、彼女が言ってたでしょう!?私、ジアの家庭教師をしているのよ。知ってる!?ソヨンの元旦那のお家ってね、想像を絶する程閉鎖的なの・・・古い掟と呼ばれるモノを数限りなく大事にして・・・まぁ、だからって私達に強要はしないけど・・・でもね、今の主という人は、ちょっと変わり者でね・・・』
シヌの表情を読み取ったルネッタが、謙遜を挟んでいた。
そんな声を聞きながら、聞こえては来ない階下の会合に目を戻していたシヌだった。