ミニョに伝えられる内容などそれが全てで無い事を頼りにした老人の事をテギョンは、考えていた。
専属契約だと言われた契約書の詳細は、既に綿密に確認はしているが、この先、どういった要求をされるかが、全く予想が付かない。
水の様な仕事なのだから、舞い込んできたものを検討して受け入れれば良いと、そうは思っても相手は、至極苦手にしている老人で、それに頭が上がらないのは、偏に幼い頃の出会いが原因だ。
よちよち歩きの女の子の手を引いて、父、ファン・ギョンセと会話をしていた男性が、テギョンを見るなり、ニタリと笑っていた。
あれは、どこかのコンサートホールであったろうか。
女の子は、ギョンセに連れられてどこかへ行ってしまい、男性とその取り巻きの紺のスーツを着込んだ女が、客席に座っていたテギョンに近づいて来た。
「ファン・ギョンセの息子か!?」
そう聞かれて、答えた後、隣に座った初老の男性に母の話をされた。
その記憶が鮮明な理由は、その頃、テギョンにとって、まだ、母は、モ・ファランは、母であって、無償で自分に愛をくれる存在だと信じていたからだ。
「母は、好きか!?」
「うん・・・あんまり会えないけど・・・」
「芸能という仕事をどう思う!?」
聞かれた事が判らなかった。
広義では、ファランもギョンセも芸能人に他ならない。
ただ、ギョンセの仕事とファランの仕事と差別というのだろうか、どこか、そうどこか、母のそれは、父よりも不当な扱いをされている様で、噂話をしている大人の会話を耳にする度にどこか締め付けられて悲しくなっていた。
「大人とは、勝手な事をするものだ・・・けれど、何にでも理由はある・・・ただ、その振る舞いや理由
の一一が、勝手気ままに己の欲望を享受する為だけに見えるのは、人とはまた見て見ぬ振りをする生き物でもあるからだ。お前の母は、また、噂の種にされている様だな」
テギョンがファランの息子である事は、ギョンセとその側近以外知らないと思っていた。
だから、男性の言葉に最初は驚いた。
しかし、その話の内容は、徐々にテギョンに怒りを与えていた。
「なっんで、そんな話をするのですか・・・」
子供に聞かせる様な聞くような話では無かった。
膝に乗せた手の震えを抑え、胸に込み上げた怒りと悲しさを堪えて男性を見れば、真剣な顔でこちらを見ていた。
「いつまでも親を追いかけていると自分の道を見失うぞ。お前は、母を好きだというが、この国は、芸能人というものに厳しいのだ。芸術と芸能の違いは、客を呼べるかどうかだが、お前の父は、芸術家で、お前の母は、芸能人だ。芸術は、ひとりでも成り立つが、芸能とは、ひとりでは成り立たない。お前は、どちらになりたいと思うのだ!?」
更に解らないことを聞かれたと思いながら潤んだ視界で見つめ返していたら、女性がハンカチで目元を拭ってくれて男性を窘めてくれた。
「アボジそれくらいになさってくださいな。いくら気に入ったからと言っても相手は子供ですのよ。大人の都合を押し付けるものではありませんわ」
「ふ、はははははは、そうか。ギョンセに良く似た才能を持っていると思うのだが、まだ早いか」
豪快に笑ってゆっくり立ち上がった男性は、話の内容もその意味合いも答えを出さぬままにまた会うと言って去って行き、女性は、間もなくテギョンと頻繁に会う様になり、その答えが出たのは、それから数年後だったが、男性の言う芸術と芸能は、境界線が曖昧で、区別等出来るものではないと思っても、崇高と低俗とで区別をされている現実を知った。
時代が変わっても今もあまり変わらない思想は、どうにか出来るものではないが、だからこそ、手にした者を守るんだとそう思いながら、空を見上げ、ミニョの笑い声に考え事を止めて顔をあげていたテギョンだった。
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