テギョンに見つめられながらミニョの心中は、高鳴る心音が体中を支配していくようで、目の前でその口が開かれても、声は、音は、かき消されていた。
話の半分くらいからハッと我に返った顔で、頷いてはいたが、テギョンの怪訝な顔に上手く取り繕えなかった事を知り、恥ずかしそうに剥れながら謝っていた。
『聞いてなかったんだな・・・』
呆れた溜息を吐かれるのは何度目か。
数えている訳では無いけれど、テギョンにそんな顔をさせるのは自分なのだと自己嫌悪に陥ろうと
して下に向けた鼻を摘まれていた。
『っ・・・ヒョ・・・痛っ・・・』
『ったく・・・どこを聞いてた!?これは、お前の将来に関わる事だぞ・・・ミナムが持っていたのは、これの正本(しょうほん)だ・・・お前とA.N.entertainmentとの本契約の契約書だ』
『わったし・・・ですか!?』
テギョンが翳した緑のファイルを見あげたミニョは、その手元にある金糸の企業名を見つめた。
『アン社長に聞かれただろう!?この仕事をするつもりはないかってな・・・社長は、お前とミナムの事を知ってから入れ替わってた間に受けてたインタビューとかの裏記事を全部かき集めてた・・・写真も映像も全てだ・・・表に出た写真は、ミナムが整形してるから以前の顔だと言い訳も出来るが、キム記者みたいな奴もいないとも限らないし、お前が答えた記事は全部ミナムに覚えさせたが、綻びなんてのはどこで出るか判らないからな・・・だったらいっそ双子で売り出したいんだそうだ』
『そ・・・うなのです・・・か・・・』
読めと指差された個所を読み始めたミニョを眺めたテギョンは、腰の後ろに両手を付いて空を見上げた。
『お前の歌唱力は、ミナムのそれより少しだけ上なんだよな・・・俺としてもお前が欲しい』
『へっ!?え・・・あっのっ・・・』
きょとんと振り返った顔と視線を合わせたテギョンは、目が泳ぐミニョを笑って仰向いて目を閉じた。
『変な意味じゃないから誤解をするな・・・襲うなら時と場所を考える・・・』
『へっ・・・あ・・・あ、そっ・・・』
『馬鹿なのは、行動だけにしておけ・・・とは言ってもその頭で考えての行動だろうから無理だろうけどな』
『ヒョーン酷っいですぅ・・・結構・・・我慢してるのにぃ・・・』
むっつり剥れたミニョは、寝転がるテギョンの横でうつ伏せになってファイルを拡げ、目を開けたテ
ギョンは、肘を付いて頭を支えながら向きを変えた。
『はっ!?そんなものなら俺だってしてる!いいかっ!良く聞けよ!俺がお前に歌って欲しいと言っ
たのは、何もこの仕事をして欲しいからじゃないっ!俺はお前の声が好きなんだっ!俺が散々書き溜めた曲がどれだけあると思ってる!お前がいない間に俺だって自分で不気味だと思う程恋の歌ばかり作ってた!まぁ、俺が天才だから溢れるものを抑えきれないだけなんだが・・・あんなものをミナムに歌わせてもつまらないんだよっ』
『はぁ・・・』
ミニョの額を押したテギョンは、髪を撫で、契約書の写しを読み耽る難しい顔をクスリと笑った。
『A.N.Jellのイメージカラーと合わないものが多いんだっ!かといって埋もれさせるのも俺のプライ
ドが許さない・・・なら、お前にレコーディングさせるのが良いっ!お前の為に書いた曲だから・・・そういう意味で歌わないかと聞いたんだ・・・』
『ほぁ・・・ぁ・・・』
『まぁ、その・・・なんだ・・・俺も悪かったと思ってる・・・ぞ・・・泣くほど嫌っ』
『ちっ違いますっよっ』
また寝転がったテギョンを契約書を胸に抱えたミニョが、正座で見下ろしていた。
『何が違うんだ!?』
『なっ・・・泣いたのは・・・そのっ・・・別な理由で・・・』
『何で泣いたんだ!?』
『・・・・・・・・・・・・ヒョンが、怖かった・・・か・・・ら・・・』
本当は、本当の事は言えなかった。
本当は、自分が怖かった。
自分が、そのままテギョンを受け入れてしまいそうな自分が、それで良いのかとどこかでブレーキをかけた。
そのブレーキの衝撃に好きという感情に頭の中で天使と悪魔が闘うというのはこういう事かと涙が溢れた。
好きだから突っ走る感情。
相手の気持ちもそうであるならばそれは自然の流れだ。
けれど、けれど、ファン・テギョンという人は、大勢のファンがいて、自分もその一ファンで、あれしきのスキャンダルで揺れた自分の心は、迷惑はかけられないと思ってしまったミニョの心が、それで良いのかとブレーキを踏んだ。
『やっぱり変な事を考えているんだろう!?』
黙り込んでしまったミニョをテギョンがクスリと笑いながら手招いていた。
『ふぇ!?』
『お前の実力は、俺が認めてる・・・今度は女とバレない様にと気を遣う必要はないし、サポートも俺が続けてしてやるよ・・・お前は、俺に従っていれば良い』
『・・・そっれ・・・極悪な権力者みたいです・・・』
『・・・俺は、皇帝と呼ばれているからな・・・お前ひとり従わせられないでどうすれば良い!?』
クスクス笑いながら伸ばした腕の中に身を寄せたミニョを引き寄せて、胸に凭れさせ、平原に吹く風に髪を撫でられながら横になって考え事をしていたテギョンだった。
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