翌日、まだ昇り始めた陽を眺めながら庭を散策していたテギョンは、温室に入った人影の後を追っていた。
テギョンがそこに入ると同時に涼やかなベルが鳴り響き電話に出たソヨンの傍を離れたミナムが、気が付いて静かにする様にと人差し指を唇に当てた。
『アロー』
『ヒョン、なんだよ、随分早起きだな・・・』
『ああ、お前こそ、何やってるんだ!?』
『ヌナに呼び出されたんだ・・・昨夜スハのホテルに泊まったから、説教かも・・・』
恥ずかしそうに笑いながら見上げるミナムの姿を見つめるテギョンの目が細くなった。
ソヨンの弟だと紹介されたスハは、大家族の末端に育った青年で、その名が表す様に忘れられて成長し、狭い世界で一生を終えるのだろうと思っていた矢先に長兄に生まれた子供の教育係をすることになって、いつの間にかソヨンとの連絡係になってしまい、今ではアシスタントの真似事までしていると語っていた。
冗談ぽい口調で語られたそれが、何処まで真実かなどテギョンにとっては、どうでも良い事だったが、そんな身の上話を聞きながら同情を見せたミニョの態度にムカッとしたのは、真実で、この撮影期間中、仕事を教える者と教えられる者という立場であるミニョとスハが仲良くしているのを何度も目にして、その度、何か言ってやりたい気持ちを抑えているテギョンは、ミナムを睨みつけていた。
『なっ、なんだよ・・・怖いぜヒョン・・・』
『お前、いつの間にそんなに仲良くなったんだ!?』
きょとんとしたミナムは、暫くテギョンを見つめてから笑い出した。
『あっはは、もしかして、ヒョンさぁ、ミニョに言いたいんだろう!スハと仲良くしているのは、俺というよりミニョだもんなぁ。仕事教えて貰ってるから仕方ないとはいえ、昨日は、肩抱かれてたっけ!』
ぎょっとして舌打ちをしようとしたテギョンの額に指が突きつけられていた。
それにまた目を寄せたテギョンは、ソヨンに睨まれた。
『うるさいっ!大きな声を出すなっ』
通話口を抑えて怒鳴ったソヨンの相手が誰なのかは勿論不明だが、その態度から余程親しい間柄だろうと判断したテギョンは、その場を離れようとして呼び止められた。
『・・・こっちの話よ・・・ええ、今日、明日は、オフよ・・・・・・付き合うから邪魔をしないでくれる・・・・・・良いわ・・・・・・だったらそっちでチャーターして頂戴・・・ええ、後でね・・・』
電話を切ったソヨンがテギョン達を振り返った。
『さ、て、随分朝が早いわね・・・』
寝ていないのかと皮肉が籠っていたが、テギョンは無視をした。
『ああ、話があったんだ・・・ミニョとふたりっきりで出掛けたいんだが、近くに別荘があるそうだな』
今度は、ミナムがぎょっとしていた。
ふたりっきりという言葉にひっかっかりを覚え、じっとり見上げたテギョンに額を押されていた。
『お前に任せておくといつまでたっても進展が得られないからな。俺がミニョに話す』
『話すって撮影の事!?それとも大掛りな契約の事!?』
ミナムの代わりにソヨンが聞いていた。
『どっちもだ。二日もあれば、説得も出来る』
『随分、自信たっぷりね。躊躇ってたのは、貴方でしょうに』
『ああ、だが、ひとつ、はっきりしてる事がある。俺は、あいつと一緒にいたいんだ。くっついて来るのを煩わしいと思った事もあるが、あいつが傍にいないと不安になる。見える場所にいてくれないと俺が不安だ』
まっすぐ見ていたソヨンの目をテギョンもまっすぐ見返していた。
それは、いつか、聖堂で睨みあった時と同じで、息を吐いたソヨンは、決意を見つけて頷いていた。
『良いわ、モッタ氏に車を借りて、ナビ付きね。迷子は勘弁。スタッフ達には、上手く誤魔化しておいてあげるから、明日の夕方迄には帰って来なさい』
『解った』
去っていくテギョンの背中を見つめながらミナムがソヨンの袖を引いていた。
狼狽えた顔で、目をパチクリさせたミナムは、ソヨンに肩を抱かれて引き寄せられた。
『あれ、今夜あたり、漸く決める気かもね。覚悟しておきなさいね。オッパ』
『そ、そう・・・なのか・・・えっ、そっ・・・』
『あんたは経験済でしょう!?ちょっときつい感じの彼女と』
覗き込む顔を見つめながらテギョンの決意をそれだと考えるソヨンの意図を理解し始めたと同時に叫びそうになった口を抑え込まれていたミナムだった。