そんなシヌにソヨンが声をかけたのは、気分転換でもしようと目についた温室に足を踏み入れた時だ。
元気が無いわねという一言に添えられた笑顔が妙にシヌの胸を締め付けた。
『解ってる癖に酷い事を言いますね』
『あら、隠さないの!?』
『今更・・・貴女に隠しても初対面の時から見破っていたじゃないですか』
そうかしらと恍けるソヨンの年上の余裕か、その容姿ゆえの自信か、昨日と打って変わった姿は、どちらかというと中性的な男性にも見え、女性らしいが頼りがいのある背中が綺麗だ。
そんな事を考えながらパンを片手に植木に水遣りしているソヨンを眺めたシヌは、ユジンの事を聞いた。
『なぁに!?ユジンに興味でもあるの!?』
『そういうことじゃありませんよ・・・彼女、Fグループの孫娘なんでしょう!?』
テギョンが身内だと明かした少女は、その世界では格段に有名なバイオリニストだった。
名前だけで活躍している少女は、その出身は明かされていたが、如何せん苗字は、どの記事を探っても掲載されているものはひとつも無く、音楽についての記事はあっても家族に関しての記事は些細な事でさえ、ひとつも見つけられず、テギョンが妹だというならば、ファン・ギョンセの娘なのかという推測も立つが、ギョンセは、息子の存在は認めても娘の存在はどこにも明かしていない。
今、現在、パートナーがいる事は周知の事実であったが、その女性との間に子供がいるという話も聞いたことも無く、その人がFグループの娘であるという事も推測の域を出ない。
ある程度の有名人であれば、そのプライベートを求め、記者やファンに追いかけられるのはひとつの宿命だ。
どこでどう調べて来るのかと呆れ、嫌気が差すことも多々あるが、企業の方針と個人の裁量によって、持ちつ持たれつな関係を保ち、Fグループも家族がタレントの様に追いかけられている事もあるのに殊ユジンとその母に関しては、見事としか言いようがない程その存在が隠されていた。
シヌが興味をもっていないと言うのは全くの嘘だった。
興味はある。
ファン・テギョンとFグループの関係は、仕事上のそれだけだと思っていた。
しかし、スランプ脱出に協力までしたテギョンのスキャンダルへの対処の何もかもがFグループによって行われた事実。
そして、それが、今回のミニョの同行へと繋がり、ソヨンもまたシスター崩れのボランティア好きの一カメラマンというだけで片付けるには、得体の知れない存在であって、テギョンが必要以上に気にかけている事もまたシヌの興味を引いていた。
『そうね・・・でも、他人の事情には口を噤むわ。あの娘は、Fグループというものがバックにあると知れたら何も出来なくなるからね』
それは、暗にそれ以上の興味を引く一言だったが、クスリと笑ったシヌもまた口を噤んでいた。
『そうですか、では、ユジンssiではなくミニョの事は!?これなら聞いても良いですか!?』
『何か面白いことでもあったかしら!?』
『ええ、ここのところテギョンが妙に緊張しているんですよ・・・気付いてますよね!?』
シヌの笑みにソヨンもまた微笑み返していた。
互いの笑みは、極上のそれで、傍から見れば美しい男女が見つめ合っている姿は、写真にでも収めておきたいように見えるが、如何せんシヌは、見破られたと言った通り、ソヨン相手にストレートな物言いをしても額面通りに受け取られないことを知っていて、ソヨンもまたA.N.Jellの中で、最も扱いにくい男は、何を言い出すのだろうと笑顔の下の隠れた爪は、どっちが鋭いのかと互いを見ていたのだった。