着替えを終え、真っ先に降りて来ていたシヌは、初日であり、ソヨンの撮影の勝手具合を初めて間近で見るスタッフ達の本国との違いに戸惑いながらも作品作りにかける熱意を聞きながら既に談笑を始めていた。
午前中の撮影は、大掛りなものでは無かったが、思いがけず水を被った事もあり、くしゃみをしたシヌは、通りがかったモッタ夫人に声を掛けられた。
『あら、あら、お風邪ですか!?ソヨンさんったら無理をさせたのかしら・・・』
心配そうな表情のモッタ夫人と肩を並べて歩き出したシヌは、大丈夫だと言いながら、土地柄について聞いていた。
『中心街へは、そう遠くは無いですけどね、静かな田舎という風情ね。若い人には退屈かしらね』
『いえ、そんな事は、俺の田舎もそんな感じです・・・』
『自然が、沢山ありますからね。田舎暮らしを望んでいた私達にとっては、都会とはいえ、居心地の良い場所よ』
『広すぎて管理が大変そうですけどね』
庭にせり出したテラスを抜け、ダイニングに戻ったシヌは、沢山の料理を前にしてモッタ夫人の事を聞き始めた。
『コックというお仕事は、長いんですか!?』
『いいえ、それは、案外そうでもないのよ。主人と一緒になった後、ずっと主婦をしていて、長い事、子供に恵まれなくてね。何かしたいと思っていた時に主人が勤めるホテルで料理コンテストがあって応募したら優勝してしまったのよ。そうしたらそこのオーナーから声が掛かってね。何がお気に召したのか未だに判らないのだけど・・・』
コロコロ笑うモッタ夫人は、焼きあがったばかりのパイをシヌに手渡していた。
『こちらの食事が合わなければいつでも言って頂戴。食材は少ないけれどある程度のものならお国の料理も作ってあげますよ。スタッフの皆さんにも遠慮はしないでと伝えて頂戴』
長丁場を気に掛けた一言を残してモッタ夫人はキッチンに戻り、シヌはパイを持って庭に戻った。
『なぁ、カン・シヌ、これが終わったらまたドラマなんだって!?』
中古参のスタッフの一人がシヌにそんな声を掛け、A.N.Jell各々の次の仕事の事を聞いた。
『もう、社長は次の準備に取り掛かってるって聞いてるけど具体的な話、決まってるのか!?』
『さぁ、まだ、前のアルバム出したばかりですし、写真集迄は具体的な話でしたけどジェルミとミナムは、ラジオを始めたいみたいで・・・テギョンは、作曲じゃぁないですかね・・・』
『そうなのか・・・売れてるっていってもまだ影響はあるしな。やっぱりA.N.Jellは、4人揃っている方が良いけど・・・また暫く個別かぁ・・・』
そんな話を少し淋しそうにして離れて行ったスタッフの背中を見ながらシヌは、そうかもしれないと思っていた。
アルバムを出したお蔭で、スキャンダルは、小さくなり、個別の仕事も減った。
A.N.Jellとして音楽を続けたいというのが何よりの願いなのにテギョンにもそう言ったのに、今、ドラマの話を再び承諾したのは、宿舎に帰る時間を減らしたいからに他ならず、疑似恋愛でもしてみれば、気持ちも落ち着くかとそんな浅はかな考えで、一度、誘われるまま女優とデートをしてみた。
お互いに割り切っていたのでそれがシヌのスキャンダルに発展することは無いのだが、どこでどう伝わったのかユ・ヘイに夜遊びの事を聞かれ、ミナムにも聞かれた。
酒を飲んでるだけだとそうは言ってみたが、遊びの範疇をどう捉えられているかなど判る筈も無く、後ろめたいとそう思う事は無かったが、ただ、ふたりが何をしているかは、連日の報道を見れば明らかで、それがヘイをイラつかせている原因でもある事は知っていた。
スキャンダルを消せないなら新しい情報で上書きをすれば良い。
アルバムと写真集の発売もそうだが、ふたりの行動もそれだ。
帰って来たばかりのミニョとスキャンダルの渦中にあったテギョンに向く筈の目を逸らしている。
片思いの辛い日などと称してふたりで見咎められる様なデートをくり返していたのは、テギョンとミニョの恋をどんな形でも応援しているからで、ヘイの切り替えの早さに呆れながらも諦めきれない自分自身と日々戦っているシヌは、羨ましくも思っていた。
せめて、この撮影期間にもう一度A.N.Jellとしてのカン・シヌを取り戻そう。
宿舎の中でついやってしまう行動を自粛出来る様にならなければ。
そう思っていたのに思い掛けないミニョの同行は、シヌの心を散りに乱し、漏れ聞こえて来るミニョの契約の話もまた、これから一か月の撮影に影響しそうで、まだまだ引き摺っている暗雲を胸に秘め、苦しそうに二階を見上げていたのだった。
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