『ったく、どうにも苦手なんだよな・・・あの女・・・』
廊下で、今閉めた扉を見つめて、溜飲を下げたテギョンは、階下へ向かっていた。
ソヨンに対峙する時、その心中は得体の知れない緊張感でいつもモヤモヤする。
年上だという事と見目麗しい容姿も一種の緊張を生むものだが、それだけでは説明が付かない寒気にも似た感覚が、Fグループの会長と対峙している時に似ていると気が付いたのは、最初のアルバムジャケットの撮影を終えた後で、強行日程の最中シスターマリアと再会して合流をしたミニョは、その時もソヨンのアシスタントの真似ごとをし、帰国をした翌日に借りを返せと呼び出された先では、その時に撮られたであろうスナップ写真を見せられた。
それ以外にも隠し撮りと思われる写真を数十枚。
どれも連絡が付かずにやきもきしていた間の明洞にいたというミニョの日常風景で、こんなものがあったならさっさと連絡を寄越せと思いながら口には出さない顔を一筋縄ではいかない相手に睨むしか能が無いのかと笑われ、つい最近同じことを言われたとふと過ぎった頭に大事にしろと不敵に笑ったソヨンが浮かんでいた。
ユジンの件とミニョの行方不明と切羽詰った状況を打破する為に確実な方法を求め、頼み込んだのはテギョンなのだから余計な調査もされるだろうし、見返りを求められる事も予想はしていたが、まさかミニョをモデルとして差し出せというのは、想定外だった。
当然、素人だからとこの仕事に興味は無いとかりそめにも言ってはみたが、ミナムの身代わりをしていたことまでバレていて、その後を調査している者がいるぞと聞かされては、例えそれがその場限りの駆け引き材料であったとしても頷くしか出来なかったのだ。
契約書を紙切れ同然と言ったテギョンは、ソヨンの契約書に書かれていた文字を反芻していた。
『っとに爺と同類だけある・・・正当化するのはお手のもの・・・』
とりあえずミニョと話をしようと階下に降りて来たテギョンは、しかし、高らかな悲鳴にそれを打ち消され、ビクリと震えて声の方へ顔と足を向けた。
『っやー、来ないでっ来ないでくださいっ!オッパなんて大っ嫌っい』
『!!!!!!!!!!』
『嫌っ!嫌ですってば!オッパってば、人間じゃないですー、もっお兄ちゃんとは思いませんっ!』
『知らなかったんだってー、お前だって知らなければそんな事もあるかもしれないだろうっ!』
『そうかもしれませんけどっ!人として最低ですっ!』
『まぁ、ミニョ、落ち着け。俺だってそういう状況なら食べてると思う』
『俺は、多分・・・う、ううん絶対無理・・・だ』
『珍しいものだって出されたらとりあえず食ってみるだろー、散々食った後に言われたんだからどう
すれば良かったんだよー』
『お店の看板とかっ!最初に聞けば良かったじゃないですかー』
『見た目じゃ判らないんだってばっ!食ったことも無かったし!!!大体、爺ちゃんなんだからそういうのがごちそうだった時代だぞー、入ったことも無いっめちゃくちゃ高級店だったし、そんなものが出て来ると思わないさっ!美味いもの食わせてやるって言われただけなんだからー』
『オッパが食いしん坊だからいけないのですー』
『お前にっ言われたくなっ、あっあー、ヒョン!好い所っ!助けてくれー』
クッションを両手に持ったミニョは、床に蹲って逃げ惑っているミナムをバシバシ叩いていた。
四つん這いで、這いずり回るミナムは、ジェルミの脚を上げ、シヌの後ろに隠れ、ミニョに追い掛け回され、テギョンにいち早く気付いて助けを求めたが、立ち上がろうとして瞬間固まった。
『・・・何が・・・あった・・・』
状況は元より、上目で部屋を見回していたテギョンが、目を瞠り、掌に落ちてきた埃を握りながら目を閉じていた。
『いっ・・・』
『・・・・・・・・・・・・・・・お前等・・・確か・・・ここは・・・俺の部屋だよな・・・』
俯き加減の顔を下から覗いていたジェルミが、ソファを後退り、きょとんとしたミニョは、クッションを引っ張られ、シヌは、そそくさと立ち上がった。
『コ・ミニョっ!!!コ・ミナムっ!!!そこへ座れっ!!!!』
原因はふたりであると決めつけた怒りの形相にヒッと息を呑んだミニョは、慌ててミナムに駆け寄り、顔を引き攣らせたジェルミを促して出て行くシヌを見送ったテギョンは、ふっと笑うと揉み手をしながらゆっくり時間をかけて扉を閉めたのだった。
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