一方、早朝からドッグランが完備された公園で撮影をしていたジェルミは、移動先のカフェの人だかりに気を良くして笑顔を作り丁寧に挨拶をしたりサインを書いたりと対応をしていたが、道路の人垣の中から聞こえた声に振り返ってガックリ首を落しよろけながら中に入っていた。
休日の貸切だと聞いていたその店の中には、既に店員と店の飼い犬と親しげに遊んでいる女性がいて、その向こうに見えた顔に駆け寄って崩れる様に隣に座り込んだ。
『ちょー、なーんでーいるのさー』
キャウキャウ吠える子犬の首をまさぐっていたヘイが、近づいて来たジョリーの首を撫でた。
『いっやー、ジョリーと写真撮ろうと思ったらいなくてさー』
軽い調子で受け答えジェルミの肩を叩いたミナムが、ヘイに向かって携帯を掲げた。
『おっ、良いネ、その雰囲気!愛犬家っぽい!』
『そう!?じゃぁ、こっちの子も撮って!あっ、あとミナムも一緒に写ってよ』
『なっ、何言ってるんだよーそんなの似非(えせ)じゃんかー犬肉食べるくせにー』
瞬間、その場の空気が張り詰めた。
ガチャガチャと機材を組み立てていたスタッフ達はジェルミの方を見つめ、店のスタッフも駆け回っていた子犬を抱きかかえる等、一斉にあたふたし始め、不穏な空気を感じ取ったのか犬達は小さく
啼いていたが、ヘイとミナムが乗り出した身で沈黙を破っていた。
『なーに言ってるんだよー』
『それとこれとは別よっ』
同時に発せられた声に仰け反ったジェルミは、目を見開き、片膝で半立ちのヘイとミナムは、顔を見合わせて座り直した。
『あのなー、ジェルミ!それって、卵と鶏みたいなもんだぞっ!』
『なっ、なんだよー』
『因果性のジレンマってやつよ!そんなのどっちでも良いのよっどっちが先かなんて解らないって事でしょう・・・確かに私達って、犬肉を食べる文化があるけどさ!犬を嫌いだから食べてる訳じゃないわよっ!かといって、好きだから食べないって訳でもない・・・カルチャーだからとか伝統だからとか、そういうことでも片付けられない問題だとも思うわ!大体ねぇ、あんた達だって、ほんの数百年前までは、普通に食してたのよ!牛や豚、羊とかさ、鳥だって食べるじゃないっ!もっと言えば、馬だって、鹿だって、熊とか、猪とか魚だってそうでしょう!蟹とか、海老とか・・・蛙とか・・・蛇・・・』
肉の種類をあげて指折り数えヒートアップしていくヘイにぎょっとしたミナムがお尻でにじり寄っていた。
『あーあー、だからさー、ジェルミ、種の保存ってやつだ!』
ヘイの肩を抱いたミナムが、どちらも嗜めるように笑った。
『お前の言い分も解るけどさぁ、今の言い方はお前も悪いぞぉ、一方的に決めつけるなよ・・・俺達だって可愛いものは可愛いんだ・・・もしこれがジョリーの肉ですって出されたら俺達だってそれだけは、ずえーーーーったいにぬわーにがあっても食えないぞっ・・・でもなぁ・・・店で出される肉は、食うだろう・・・でもさぁ、良く考えろよ!例え食用だとしてもそれを育ててる人もいるんだぞ・・・そういう人は、食用として・・・いや、下世話な話、金の為にそれを育ててるだけかもしれないけどさ・・・でもその人達だって愛犬家かもしれないじゃん・・・牛とか豚育ててる人だってさー、可愛くってしょうがないって育ててるかもしれないじゃん・・・でもさぁそれって、俺達人間が食物連鎖の頂点にいて、文化的な生活が出来てるからそう思うだけかもしれないぞぉ倫理的な話しを始めたらキリが無いんだけどさぁ・・・人間に近いから食っちゃダメとか自然界に一杯あるから食って良いというのも違うと思うぞぉ・・・要は、俺達食わなきゃ生きていけないからどうしたらその連鎖を断ち切らずに共存していくかってことなん・・・・・・・・・あーあー、もっ!俺も訳判んなくなってきただろうっ!』
わしゃわしゃ髪を掻きむしったミナムはにっこり笑ったヘイに抱き付かれていた。
『うーん、やっぱりミナムって好い男ねぇ・・・興奮して悪かったわ』
ミナムに擦り寄りながらジェルミを睨みつけたヘイが軽く頭を下げた。
『そ・・・う・・・ん俺も悪かった・・・かも・・・だってーさー、ヘイssiもミナムも普段そんなにジョリーの事可愛がってくれないじゃーん!なのになんなんだよー今日は!大体なんでここにいるのさー』
本題に話を戻したジェルミに顔を見合わせたヘイとミナムは、デートの途中で、顔見知りのスタッフを見つけて入れて貰ったのだとあっけらかんと答えたのだった。