掴むものの無い手が、床の継ぎ目に爪を掛け、惑った体は、身を起こされて息を継いだ。
『あ・・・主さ・・・』
『場所を変えるぞ・・・ここでは主が傷つきすぎる・・・』
割れた爪を口に含み、腹を支えた男は、女の耳元で、指を鳴らした。
『えっ・・・』
瞬く間に光る壁に包まれた空間は、柔らかく、沈み込む様な地面に変わり、辺りを見渡して息を呑む女の背中に男が口付けを落とした。
『こ・・・ぁ・・・ん』
『シヌが言っていただろう・・・覚えていない俺のせいだと・・・鍵を壊されて俺の力も戻った・・・な』
『んん・・・』
『ここが・・・始まりだ・・・』
彷徨わせた視線を戻して腕も返した男の指先に赤い睡蓮がひとつ握られていた。
『そ・・・』
円環から延びた高台(こうだい)に据え付けられた桶の傾いた先から落ちる無味無臭の液体は、花托を濡らし、花弁を伝って肌を流れた。
谷間を飾るそれから零れる潤いが、女を満たしていた。
『開かぬに嫌気がさして賭けをしたんだった・・・見えぬ本質は、誰にも判らぬと言ったシヌと・・・な』
打込まれた楔に悶える女は、顔を下げ、浮いた腰に砕けた睡蓮の花びらが降っていた。
『あ・・・主さ・・・』
『花はすっかり咲いてしまった・・・尤も・・・我が開かせる予定の花だったが』
零れる液体は辺りも徐々に満たしていた。
爪先から膝へ踝(くるぶし)へと浸かる体は、仰向けにされ、流れた髪が、水面を泳いだ。
『冷・・・』
『その体には良い熱だろう!?』
『ふふ・・・我の生まれた場所!?』
『吾の眼差しだけでは満足できなかったのか!?』
『さ・・・・・・忘・・・ぁれましはぁ』
折れた膝が、男に纏わりついていた。
膝頭に乗った手は、そこをまさぐり女の背に伸ばされた。
『チッ・・・魔女め・・・』
『魔女に変えたは主様ぁ・・・か・・・』
ザブリと勢いよく起こされた髪から落ちる滴りは、ふたりの周りに波紋を広げて打ち消され、また拡がっていった。
『と・・・毎日、呪ってらし・・・ぁ』
帆かけの船は、緩やかに漕ぎ出され、四方へ揺られる女の下で男が笑った。
『睦言だと思わなんだか・・・』
『高貴なものなれっ・・・ば想っいもいたしましょぁ・・・』
『花も高貴だろう・・・っ』
『ッ・・・ァは』
『この姿で地上に落とされたは知らなんだ・・・我の預かり知らぬ事よ・・・』
『・・・様に・・・願っ・・・です・・・一緒になりたいと・・・我も見つめ返っした・・・っい・・・』
『シヌは監視役か!?』
微かに横に振れた首は、男の肩口へ沈みこみ苦悶に満ちて潤んだ瞳に浮かんだ涙が、長く吐き出され様とした息を止められて零れた。
『答えねば終わらぬぞ』
『っ・・・やっ』
くぐもった笑いと共に女の髪は掻き揚げられ、寄せられた口が耳を食んだ。
『・・・もっとも我は永遠にこのままでも良い・・・何年・・・・・・何千年・・・もう数え切れぬ程の化身を抱・・・っ』
『だ・・・ぁっ・・・』
嵐の中で命綱を探す様に身を守る為の堅固(けんご)な腕が男を締め付けた。
『チッ・・・強情なのは、全く変わらぬな・・・いい加減言ったらどうだ!?』
男と顔をあげさせられた女のすました視線がぶつかっていた。
何をと絶え絶えな息の下で呟く唇に唇を重ねながら、この運命を運んだものの名を聞いていたテギョンだった。
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