払った剣を引き戻し落ちる髪を薙(な)いだテギョンの剣にシヌは後ろへ飛び退いた。
『我を知るは、煌(フォアン)の神薙(かんなぎ=覡(みこ※巫←この字は女性だけ)))・・・やはりお前は、あのシヌか!?』
立ち上がり、シヌの顔を正面で捉え直したテギョンは、剣を両手で握り直した。
『ああ、そして、俺は、お前の事を何も知らずに逝ったカン・シヌだ』
『力があったと言うたな・・・それは、昔日主が持っていたものと同じものか・・・』
『ああ、だが、それは、欠片に過ぎなっいっ!』
真向かった剣に火花が、弾けていた。
真剣勝負を望んだシヌの剣は、先程よりも鋭さを増し、受け止めるテギョンのそれもまた先刻とは打って変わっていた。
『俺が自分の力を封印していたのをお前は知っていただろう・・・』
振り下ろし、薙ぎ払い、互いに一歩も引かぬ剣を受け止めて、弾き返し、入れ替わる体制に緊張の面持ちのテギョンに対してシヌは、明らかに状況を楽しんでいた。
『俺もお前と同時期に死んだ・・・しかし、俺の力は、俺の死と共に解放をされたんだ・・・つまり、お前をそこに留め、この運命を招いたのは俺だ・・・お前達の最初の子供は、この地で城を建て直し、肖像画を描かせて墓地とした・・・それがミニョの・・・お前の妻の遺言だったからだ・・・北の王は元々ミニョの縁戚で、お前が去った後、子供を産む為だけにその地を訪れ王に託して戦地へ行った・・・そこから先は、お前も知っての通りっ・・・』
腕力で押し込まれる剣を垂直に受け止めるテギョンの刃先が、力に負けて髪留を掠めた。
ハラリと落ちた髪にギリギリの攻防を続けながらシヌの腕を振り払ったテギョンは、息も乱して立ち上がっていた。
『っち、はっぁ、はぁっ・・・っはっあ死ぬなら一緒だとミニョは吾に乞うた・・・自殺は出来ぬが、必ずもう一度出会うから殺してくれと吾に乞うて・・・我っは、その願いを聞き入れった・・・』
絶え絶えに息を継ぐテギョンの前で涼しい顔のシヌは、ゆっくり息を吐き出した。
『ああ、叶う筈の願いだった・・・多分俺さえいなければ・・・俺が、死後も力を封じきれていればっ』
半歩早いシヌの踏み込みが、受けようとあげたテギョンの腕を再び切りつけた。
片側を流れる滴に感覚を奪われる腕が、ガクンと落ち、隙を逃さないシヌはテギョンの足を蹴りつけた。
『なっ・・・あうっ・・・』
転ばされ、剣をも取りこぼしたテギョンは、腕を抑えてシヌを睨み見上げた。
稽古ではないと言いながら、稽古の様に身を引くシヌは、テギョンを見ながら片手をあげた。
『ファン家の再興が、最大の願いだと最初に出会った俺に語ったな・・・長い年月お前と一緒に旅をした・・・お前の願いを叶える為に共に戦い、酒を酌み交わし、力を封じた事も話した・・・その力があれば、お前の願いなど簡単に叶えることが出来ると俺は、教えたな・・・あの頃お前は、それを全く信じてはいなかっただろう・・・だが、それで良かった・・・俺は、自分の力が疎ましく、二度と使わぬ事を誓って封印をしたんだ・・・・・・人として安らかである為に』
伸ばした手の先をシヌはくるんと回転させた。
ゆっくり引き戻されたその腕は、まるで誰かを支える様に動かされ、再び柄を握った。
『お前の・・・いや、お前達の遺体を見たんだ・・・それが俺の最初の・・・末期の記憶だ・・・お前の願いを叶えられなかった事を後悔した・・・お前を守れなかった事を後悔した・・・その後悔が、お前からミニョを引き離したんだっ!』
怒っているのか泣いているのか、シヌの大声が、テギョンの眉間を寄せた。
『お前が捜しているミニョは、俺の前にいる・・・だが、お前にこれは見えていないのだろう・・・ずっと、ずっと泣いているんだ・・・ずっとここにいるのにずっとお前の傍にいるのにお前に見て貰えないミニョは、泣いてばかりいる・・・気丈な女だとお前は俺に言ったが、お前はこの顔を何度も見ているのだろう・・・気丈な女ほど弱く哀しいものは無い・・・確か・・・そう言ったな・・・お前がミニョの元へ通い始めた頃だ・・・どこが良いのかと俺は聞いた・・・一国の主でありながらその国を捨て、民と同じ暮らしをしている女にお前が何を求めていたかっ今の俺なら解るっ!!!』
態勢を変えたシヌにテギョンの腕が転がった剣に伸ばされた。
しかし、その体は、金縛りにあった様に動かず、振り下ろされた剣先が、左胸に当たっていた。
『愛して、いたか・・・』
『愚、問だ・・・愛していなければ、捨てることも無かった・・・死なせることも無かった・・・だろう・・・生きることを望んだ・・・生きて・・・血を繋げてくれることを願った・・・まっ・・・さか俺を追いかけて来るほどの馬っ鹿だとはっ・・・欠片もっ思っていなかっ・・・』
スブスブとテギョンの体を剣が侵食していた。
緩やかに背中を床につけたテギョンは、柄を握るシヌの手を見上げた。
『女でも一国の主だ・・・ミニョの覚悟を見誤ったのか』
『そ、うだ・・・そして、お前の力をも見誤っていたっ』
ゴフっと口から吐き出された赤い飛沫にシヌは目を閉じた。
大の字に横たわるテギョンは、天井を見上げ、微かに笑った。
『終わりにしよう・・・・・・ミニョに頼まれた願いは三つ・・・ふたつは片を付け、最後の願いは、俺のもの・・・でもある・・・』
床を貫くまで剣を進めたシヌは、長い息を吐き出し、テギョンの体から引き抜いた。
血糊を払い、後ろを向いて数歩、よろけながら鞘に収めた途端、顔を覆って膝を折った。
『うっ・・・くっ・・・なっ・・・んで・・・こっ・・・んな事に・・・』
泣いて叫んで、シヌの咆哮は、崩れる瓦礫と場内を埋め尽くす悲鳴にかき消されていたのだった。
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