城内を席捲する怒声も怒号も侵入者の怯えに他ならず、抵抗を想定しての道行は、全く以てそれを受けず、あっさり目的地へ導かれていた。
しかし、そこで見たものに信念は消し去られ、果たしてこれは、現実なのかと崩れる足場に数多の悲鳴が轟いていた。
『終わりだ・・・』
テギョンに剣を向けるシヌは、遥か後方で落ちてゆく人々の声を聞き、薄ら笑っていた。
『俺が、ミニョから頼まれた事は、三つ・・・ふたつは既に片付いた・・・そして、俺の願いも・・・終わりに出来る』
『お前が俺を殺しに来るとはな・・・母の残党だと思っていたが・・・』
最上段に横たわるふたつの亡骸に最後の別れを告げたテギョンは、玉座に立てかけられた剣を手にした。
『間違ってはいない・・・お前を狙っていたのは、前王妃の縁戚だ・・・弟が国を滅ぼしたのを城を出た俺とお前のせいだと思っていた様だからな・・・』
間合いは遠く、詰める様子も無いシヌにテギョンが歩み寄っていた。
『カン将軍の事は・・・』
『父は、この時代きっかけに過ぎない・・・お前がそうである様に俺も記憶を持っていた』
『そ、うか・・・だが、お前と俺が違うのは、俺の記憶が、絵の中に存在するという事か・・・』
『そう・・・ファン・テギョンが真に求めるミニョが存在しない絵だ』
一定の間合いを詰めて、剣を抜いたテギョンは、稽古のそれと等しくシヌに向かって頭を垂れた。
対するシヌもまた、構えたままで軽く頭を下げている。
『・・・お前の願いって何なんだ!?付き合いは長いが聞いた覚えが無いな』
カッキュィンと高い音が広間に響き渡った。
それを合図に飛び退いたふたつの体は、時に剣を交え時に押し合いながら淡々と話しを続けた。
『俺は、昔、いや、昔というより前時代、お前の死を見守り、ミニョの生涯を守って生きた・・・その時代、俺には少し不思議な力があってな、だが、それが本当に出来るかどうかは判らなかった・・・しかし、この時代、俺の前にふたりのミニョが現れて、俺は、それが成し遂げられた事を知った・・・つまり、お前達の事もそれが御伽噺などではないという事が裏付けられたんだ・・・俺の記憶は、お前ほどはっきりしているものでは無く・・・お前の様に全ての時代の記憶を持って生きる者の苦しさなど到底わからない・・・』
押し込んだ腕に転ばされたテギョンを笑ったシヌは、剣と身を辞していた。
再び向き合うふたつの影は、どちらも核心を求め突こうとしていた。
『幼い頃、お前の願いを聞いたな・・・ただ、ミニョに会いたいのだと・・・会ってもそれが長く続かない事を知っているが、会えれば、それは、少なからず幸せなのだと・・・いずれお前が先に死を迎え、いつでも残されるミニョは、お前の子を身籠っている・・・今もっ、そうだろう!?』
『ああ、だから、この城から追い出した・・・俺が守るべきものは、ファンの血と・・・ミニョだっ!!』
大きく振りあがった剣をどちらも寸でのところで避けていた。
パラパラと落ちる互いの髪がそれが、掠めている事を教えている。
『墓地の隠し戸を開けたのは、お前なのか・・・シヌ・・・』
『ああ、だが、この時代で開けたものではない・・・俺にはあれを開けられなかった・・・お前は、そこで見つけたのだろう!?』
『ああ、ジェヒョン王が持っていた物とは別な書置きを見つけた・・・だっが、あっれは、すんなり信じられるものではないぞっ!!!』
腹の底から込み上げ、感情の全てが込められた怒号が、シヌの耳を襲っていた。
一瞬の立ちくらみによろけるシヌの前で吐き出したテギョンもまた肩で息をしながら零れる涙を拭い剣を支えにゆらゆら立ち上がった。
『くっ・・・うっ・・・ッ何っ故・・・今っ頃・・・』
『・・・・・・・・・そ、れが、三つめだからっ!!だっ!』
大きく振り下ろされた剣が、テギョンの腕を掠めた。
シュッという音と共にハラリと落ちた袖に腕を添えたテギョンは、ポタポタ落ちる滴に膝を付いて顔を歪めた。
『これは、夢でも幻でも稽古でもないぞ・・・本気で向かって来なければ、お前は全てを知る前に命を落とす事になる・・・最もお前は次に生まれ変わってもこの記憶を留めているのだろうが・・・その時代、ミニョと出会える確率は低くなるのだろうな』
『ふっざけるなっ!俺が、お前に本気でかかって勝てた事等一度も無いんだっ!確実に俺を殺しに来た時点でお前の勝利は決まってるっ!』
『負け惜しみか!?』
『違うっ!お前が現れた時点で俺は自分の死を受け入れただけだっ!』
シヌを睨み、上がり続ける息でテギョンの目は、真っ赤に染まっていた。
上気した顔を顰めながら剣を握り締める手に手が添えられたのはその時だった。
『我は、全てを知りたいと思う・・・お前・・・カン・シヌ・・・対したいのは、吾であろう!?』
テギョンが、もうひとり、その姿を目にしたシヌは、僅かに眉をあげたが、すぐに笑顔で頷いた。
『ああ、久しい・・・久しくあるぞ!ファン・テギョン・・・』
喜々としたシヌの顔に剣を受け止めるテギョンの腕は、傷など無い様にそれを流していた。
それをまた喜びとしたシヌの目の前にパラッと髪が落ちたのだった。