『泣くのは止めなさい・・・溶けてしまうよ・・・』
同じ目線に屈みこんだ男は、少女の瞼を袖に隠した手で拭っていた。
『いっそ・・・・・・溶けてしまった方が良いの・・・かも・・・』
どこか大人びて少女の形(なり)とはかけ離れた態度は男の顔を歪めた。
『馬鹿な事を言うものではないよ・・・お前が会いたいと願うから連れて来たけれど・・・これも知っていたんだろう・・・』
横に振られた首に力は無く、俯いた頭が僅かな肯定を見せていた。
『知っていて・・・だから泣いていたんだろう・・・』
『オ・・・ンニが・・・』
『オンニ!?』
宙を見つめた少女に男もそちらを向いた。
けれど、何も無い空には、ただ、星空に今日の別れを告げる夕陽が見えるだけだ。
『オンニって!?』
『ううん何でもない・・・大丈夫・・・・・・初めてじゃないもの・・・大丈夫だから帰ろう』
男の両手を握った少女は袖で涙を拭って笑った。
しかし、立ち上がれない男は、少女の後ろに立つ女に無表情で固まり、引き上げようとする少女の手に促され、少女を支える様に立つ女に黙れという仕種をされてやっと立ち上がっていた。
『初めてじゃないって・・・』
少女というよりも少女の後ろを男と並んで歩く女の顔をまじまじ見ていた。
誰だという疑問とこの顔を知っているという認識とどこで会ったかを探っていた。
『連れて来てくれてありがとう。でも、もう、終わりにする・・・もうね・・・もう疲れちゃった・・・』
『何!?』
『疲れちゃった・・・の・・・だって、そこにいるのにいないんだもん・・・いつもいつでもそこにいるのにこっちを見てくれないんだもん・・・』
『何を・・・!?』
少女の淡々とした声音に女が首を振っていた。
黙って聞けとばかりに男を見つめ、見つめ返した男は、少女を見下ろした。
『もしっ・・・もしね・・・私が私じゃなかったら・・・そう、例えば男の人だったら・・・どうなんだろうと思う事があるの・・・長く長くずっと一緒にいられるのかなって思うことがある・・・でもね・・・でも・・・そうしたらきっと愛して貰えない・・・愛してあげられない・・・願いを繋げてあ・・・げ・・・られない・・・・・・』
『ミニョっ!?』
『ごっめんなさい・・・ごめんなさい・・・もっ、もう、駄、目っなのっ・・・会いたいのっ・・・にっ、会いたいだけ・・・なのにっ・・・』
ひくりとしゃくりあげた喉が、唇が、頬が、くしゃくしゃに歪んだ。
両手で顔を覆い何度もその手の下で零れる水滴を瞼を抑えつける手の隙間から抑えきれない嗚咽に止め処ない体からも力が抜け膝を折っていた。
『何を言っているんだっミニョッ』
『オッパ・・・オッパにもごめん・・・なさい・・・オッパは関係ないのに・・・っオッパは、助っけてくれただけなのにっ・・・ミッ・・・アネ・・・ミアネヨー・・・』
泣き止まない少女の両腕を掴んだ男も膝を付いた。
頼りを探した手は服を鷲掴み、僅かに合わせた顔を男の胸に埋めて泣き続け、やがて疲れて眠ってしまった。
『何・・・が・・・』
少女を膝に抱き、座り込んでいた男は、差し出された布を受け取ると、泣き疲れ、乾いた涙の痕を拭い、隣に座り込んだ女を見た。
『どこかで会ったな・・・』
『その子、悲しい記憶だけを強烈に持っているの・・・運命に逆らおうと思ったんだけどやっぱり失敗しちゃって・・・貴方、腕のある呪(まじな)い師でしょう・・・もう少し私達を助けて欲しいの・・・』
男の言葉を無視した女は淡々と語り、あどけなく眠る少女の顔を撫でていた。