玄関を抜けると宿舎の中には、香ばしい匂いが立ち込め、静かな廊下にグツグツと鍋の煮える音が響いていた。
香りに誘われ笑みを零したミナムは、おはようと言いながらミニョを呼び、ヘイはダイニングに座ったシヌを見止めるとぶっきらぼうに挨拶をして、ミナムを引っ張って二階へあがっていった。
『なんですか!?』
お前にだと引き摺られたミナムが、話半分で投げる様に置いていった袋を覗いたミニョは、ワインを
取り出して鍋を見つめ、不思議顔で首を傾げ、一緒に覗いていたシヌが、チョコレートを引っ張り出していた。
『ヘイの土産だな・・・確か、日本へ行っていたんじゃなかったかな・・・』
『そうなのですか!?』
『ああ、ミニョより少し前からだよ・・・向こうでイベントの司会をやるって話題になってた』
『へぇー・・・凄いです・・・・・・ぁっち・・・』
感心顔で、鍋にスプーンを入れていたミニョは、味見をした熱さに顔を顰めた。
『大丈夫か!?』
『へへ、大丈夫です・・・ちょっと煮過ぎかな・・・』
『で、何を作っているんだ!?』
『へへ、プゴク(干し鱈のスープ)です。二日酔いなので・・・』
『ふ、舐めただけってミナムが言ってたけど頭痛いの!?』
指を擦り合わせたミニョは、ちょっとだけというポーズを作り、立ち上がっていたシヌがミニョの頭を撫でた。
『じゃぁ、俺も頂いてから寝る』
『ふふ、シヌひょんも飲み過ぎですかぁ!?』
『ああ、少しは、寝られたんだけど・・・・・・まだ、抜けきっていないかな・・・』
『ふふ、どなたと飲んだのですかぁ』
ミニョの何気ない一言に座り直したシヌのカップを持った手が震えた。
けれど、さり気なくそれを交わすシヌは、悪戯な顔で笑って見せた。
『恋人』
『っふぇっ!?』
素っ頓狂なミニョの声にシヌの笑顔が一瞬凍りつき、同時に逸れた瞳に暗い影を見せた。
冗談を冗談と受け取って欲しいシヌと受け止めきれないミニョ。
どちらもゆっくり見合わせた顔に奇妙な間を作っていた。
『ふ、は、シヌひょんの彼女ならとっても素敵な方です・・・ね』
ミニョの胸中は、複雑だ。
テギョンが好きだ。
テギョンしか見ていない。
それは、そうだが、一緒に暮らしていれば、シヌの生活ぶりも知っている。
テギョンはミニョに何も言わないが、シヌの動向に苦言を呈しているのを見聞きしたこともある。
『こっ、今度紹介してくださいね・・・』
何も知らずに過ごしていた。
何も知らずに相談という名の告白をされていた。
あれから、季節は大分巡ったが、テギョンの元へ帰る為、シヌを再び苦しめていた事も事実だ。
そしてそれは、ミニョの中に棘として残っている。
スープボウルをシヌに差し出し、上手く笑いきれない頬を抑えて背中を向けたミニョだった。
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