退いた広間から無言で歩くテギョンを追いかけるミニョは、その背中を見つめては俯き、見つめては俯きを繰り返して一定の距離を保っていたが、立ち止まった背中に勢いよくぶつかった。
『っ、たたたた』
鼻を擦って痛みをやわらげ、振り返ったテギョンに両腕を掴まれた。
『言いたいことがあるなら聞くぞっ』
見下ろすテギョンを片目で見上げるミニョは首を振り、テギョンも頭を振った。
『っ・・・言いたいことがあるだろう!?』
『ないですよーだっ』
拗ねた顔のミニョにテギョンの目が細くなった。
『本当に・・・無いのか!?』
『無いですっ!アッパが決めた事ならばそれに従いますっ』
テギョンの腕を両肘を張って振り払ったミニョは、手で頬を伸ばして奇妙な顔を作って見せた。
『ッチ・・・やけに素直だな!?さっきの勢いはどうした!?』
『だって、聞いたところで決まった事なのでしょう!それに・・・』
それにテギョンとジェヒョンの話を盗み聞いていたと言えないミニョは、口籠った。
『それに!?なんだよ・・・』
『ぅん・・・ミナムオッパって・・・変なんですよね』
『は!?』
ふたりの居室のドアを開けられドレスを摘み礼をして中に入ったミニョは、怪訝な顔をして後を着いて来たテギョンを窓際に立って振り返りながら胸に手を当てた。
『これ・・・ね・・・私の胸のこの痣・・・ミナムオッパも同じ場所に痣があるのです』
『はぁん!?』
『わたしの痣は、テギョンssiに会わなければ、こうやって見ることは出来ないのですけど・・・』
胸を開き、俯くミニョの胸を同じように覗いていたテギョンは、頬に手を当てて顔を逸らし、見上げたミニョは、慌てて胸を隠した。
『っ・・・見ました!?』
『うっ、うるさいなっ!見せたのはお前だっ!そういう恥じらいは昔っから無いからなっ、そっ、それに夫婦なんだから見たっ・・・って・・・』
『明るい所で見るのは、ダメでしょう』
『湖で散々見せただろうっ!むしろお前っ俺に擦り寄って来たじゃないかっ!』
真っ赤な顔で反論するテギョンをじっとり見上げていたミニョの腕が、首に伸びていた。
『ふふ、初めてを誘ったのは、私でした・・・』
『ああ、お前の口からそんな言葉を聞けるとは思っていなかったんだ・・・』
『女の身で一国を背負うとね・・・大変なのです・・・大国と渡りあうには・・・それなりに・・・ね・・・』
『だが、初めてだっただろう!?』
『ええ、手管は臣から教えられてましたけど・・・だからこそ身を守る方法も教えて貰いましたよ』
『チッ!だから、お前って女は、剣術に長けているんだろう・・・そういう処ばかりしっかり覚えていやがって!』
『むっむぅ、だけど貴方しか知らないのですっ!もう少し喜んでくださいっ!』
閉じられた瞼に近づく顔、目を閉じたテギョンは、けれど、ガクンと肩を落としていた。
『ぁ・・・』
『ふ、それは、吾が喜ぶべきだな』
『ぁん・・・』
うっとり、重なった唇に角度を変えたミニョの前にもう一人テギョンが立っていた。
いつの間にかミニョの腕は別な首に挿げ替えられ、腰もしっかり支えられている。
『なっ!おっ』
『ぁん・・・主さ・・・ま・・・』
『ふ、吾と主は繋がっているという事を忘れたか!?』
ミニョの髪を掻き揚げ微笑んだ顔は、再び頬に唇を落とし、飛び退いたテギョンを笑っていた。
『とっ、突然現れるなっ!おっ、驚くだろうっ!』
胸を抑えたテギョンは息を吐き出しながらミニョを見上げた。
が、途端、目を瞠りながら素早く腕を伸ばした。
『なっ、なんでお前そんなっ嬉しそうに笑ってるっ!』
『えっ!?あ・・・ああ・・・条件反射・・・というのでしょうか・・・』
『はぁ!?お前っ!夫は、この俺だっ!』
伸びた手を避けたミニョに増々目を吊り上げたテギョンは、ミニョが抱きついている男を睨んだ。
『むっ、怒らなくても良いでしょう!同じ人なんだからっ!』
『人な訳あるかっ!お化けだお化けっ!化け物だっ!』
『自分に向かって随分な言いようです・・・私もお化けなのですかぁ・・・』
『お前は、お前だろうっ!コ・ミニョという生きたおんっ・・・・・・・・・・・・・・・』
そこまで言って、ハタと気が付いた素振りのテギョンが、首を傾げ、目の前でミニョを見下ろす男を見つめた。
『・・・お、っいっ・・・どういうことだ!?』
『気が付いたのか!?』
『気付いたというか・・・そういえば・・・・・・』
考え込み黙ってしまったテギョンを見たミニョが首を傾げ、目の前のテギョンを見上げていた。
背中を向けてしまったテギョンはぶつぶつ呟きながら考え続け、頬を撫でられたミニョは、笑顔を浮かべて訊ねた。
『どうしてここに!?』
墓地から出て来る事など無い筈のテギョンの残像。
絵の前で出会う事はあってもこうして外に出て来ることは、今まで皆無だった。
テギョンが存在すればある程度は動き回れる。
けれどもそれは、それでも狭い範囲だ。
『ミニョ・・・お前・・・ミナムの胸に痣があると言ったな』
きょとんとした瞳で見上げるミニョの頬を撫でながら頷く顔に話せと声を掛けていたもうひとりのテギョンだった。