その出会いは、偶然だったのか必然だったのか。
今では、必然だったのだとそう思える。
だが、当時、シヌの中にそんな感慨等ある筈も無く、カン・シヌという名を持つだけの存在は、長く生きられないと知った父と過ごす事だけを考えてその望みを叶えたいだけだった。
一国の王として即位をしたシヌ。
その頃、テギョンは既に国から姿を消していた。
幼い頃から一緒に育ち、遊び相手であり、理解者であり、いずれ、将軍の様に腹心になるだろうと周辺のそんな噂話をよく聞いた。
けれど、テギョンは、成人(※成人年齢13歳位とお考え下さい)を迎えた頃から国を出て放浪を始め、戻って来ることもあったが、何年も会わないのも普通になっていった。
『探し物があるんだ・・・見つかるか解らないけど・・・いや、見つけるさ』
年端も行かぬ子供の頃、そんな台詞を聞いた。
何を捜しているのかと聞き返したら女だと答えたテギョンに既に記憶があった事をシヌが知ったのは、王位を退き、ジェヒョンの手紙を受け取って父とその城に移り住んだ後だ。
父が死に場所として選んだそこは、且つてテギョンの母が、テギョンとシヌを取り替えるきっかけを作った場所で、シヌの父は、その時一緒に居たが何も出来なかった事を悔いていた。
正確には出来なかったのではなく知らなかっただけなのに。
腹に子を宿した女の中にファン・テギョンという魂が宿った。
ただ、それだけ。
女が何を感じて半狂乱になったのかそれは、誰にも解らないのだ。
ただ、生まれた子を取り替えようと思った程だから、何かとてつもない畏れでも感じたのだろう。
それが何か知りたくてシヌは、墓地に入ってあの絵を見た。
『確かにテギョンに似てる・・・けど・・・もっと大人びた感じだ・・・な・・・』
それが、最初の感想。
そして隣に描かれた女を見たシヌは、その場で頭を抱えていた。
『なっ・・・なんだ・・・』
パチンと何かが弾ける音を聞いた。
弾けた後に頭を叩かれる様な痛み。
それは、外からの刺激ではなく頭の中で感じていたが、堪えきれないものでもなく、やがて顔をあげたシヌの前には髪に触れた女が立っていた。
『・・・誰、だ・・・!?』
誰だと口にした後、その名前も口を突いて出た。
微笑み返した女は、まるで正解だと言っている様で、入り口を指差して外に出る様に促された。
ミニョという名を口にして、そういえばこの城にも同じ名前の少女がいると思っていた。
まだ、あどけない顔をした少女。
彼女が成長したら。
そんな事を考えながら女の後ろをついて外に出たシヌの前で振り返った女はまた微笑んでいた。
嬉しそうな美しい笑みだった。
『ふふ、覚えてないって顔ですね・・・まぁ、それが普通なのかしら!?』
『あ、なたは!?』
シヌよりは大分年上のその女性をミニョと呼んだ自分に戸惑いながらも冷静に対処している自分にも驚いていた。
頭の中を流れていく記憶を素早く整理し、至った結論が、ひとつ。
『終わりにしよう・・・と・・・』
曖昧に、でもはっきり口にしたシヌに女の笑みがふわりと変わった。
『そうだ!断ち切ってやるとミニョに言った・・・』
いつだった。
今で無い事は確かだ。
あのミニョは、あのミニョは、自分よりも遥かに年若く幼子だった。
『な・・・んだ・・・俺は・・・』
『焦らないで・・・記憶が戻っただけです・・・』
『き・・・憶・・・』
記憶とは何だ。
俺の過去。
俺の生きてきた証。
俺の。
『この記憶は・・・』
この記憶は、今のカン・シヌに刻まれているものではない。
それは、いつだったか、ミニョという幼子と出会い、人を捜しているが、その人のいる場所も解っているが、如何せん子供には遠すぎてその場所まで行ける術がないと。
けれど、行かなければならないと泣いている子供の傍らにこの女がいた。
『あなたとも出会った・・・な・・・』
『ええ、初めてではなかった・・・』
そう、初めてではなかった。
この女は、ファン・テギョンの愛人。
ファン・テギョンが唯一、愛して止まなかった女。
何故ここにいる。
いや、そもそもこの女は何だ。
いや、自分は。
押し寄せる疑問に泣いている子供を抱き寄せた女が、代わりの口を開いていた。
そうしてシヌは、全てを知った。
『これで良かったのか!?』
飛ばした鳥の行方を見つめながらシヌは、隣に立つ女に訊ねていた。
『ええ、今生は、もう、どうにもならない様です・・・あの子をふたつに分けた事で、開けなかった扉が開いた。彼があそこに縛られているのは、きっと私のせいでしょう。あの絵を描かせてしまったがばかりに縛られて・・・』
『あなたも生まれ変わっているのだろう』
『ええ、でも、わたし達とあの子達は別の存在です。彼もそれは知っている』
『そこに居るのに会えないのか・・・』
『ええ、何故でしょうね・・・手が届く場所にいるのに・・・わたしはいつも見ているのに・・・』
悲しそうに微笑んだ女の体を風が通り抜けて行った。
乱れた髪を掻き揚げる姿を見下ろしたシヌもまた悲しそうにけれど安堵の笑みを零しているのだった。