音も無く、開いていく壁に吸い込まれるように足を伸ばしたテギョンは、小さな部屋を見回して、真新しい跡を見つけると唇をキュッと結んでいた。
『入ったのは、こ、こまでか・・・』
壁際に置かれた棚の前に年月で溜まった埃とも土とも見分けがつかないものにも足跡がくっきり残っている。
『肖像は、全部見たんだな・・・』
それは、本来、壁に掛かっていて然るべき絵。
掛けていないのは、それらが最奥の間にある絵と同じものだからだ。
『俺達だけが知っていれば良かったことだ・・・』
生まれ変わる理由など。
ただ、会いたいから。
それ以外無かった。
生まれ変わり、出会い、けれど、生を寄り添って全うしたことが無いのは、それもまた運命だとそうなのだろうと受け入れて来た。
僅かでも出会って、愛しあい、子を為して別れる。
同じことを繰り返している。
そうかもしれない。
だが、それが運命だ。
それでも良い。
それでも出会えぬよりは良い。
そう思って来た。
『断ち切ってやると言った・・・だと』
しゃがみこんで足の数と大きさを見分けるテギョンは、5人分の足跡を見つけ、既に埋もれているそのひとつが向かっている先を見た。
『チッ!いつ来たんだ・・・』
経年放置をされた場所や物にある程度の風化は否めない。
この部屋にそれが少ないのは、ある一定の年月で少なからず誰かがここに入っていたからだ。
けれど、それが出来たのは。
『俺とミニョだけの筈・・・』
溜まった埃を踏みしめ、残された跡の上を歩くテギョンは、思った通りの場所で、両足が揃えられているのを見下ろすと再び壁に手を当てた。
『チッ・・・ここは、開けてはならない場所なのに・・・』
何故開けてはならないか。
それは、そこが、何よりも思い出が保管されている場所だからだ。
ミニョと出会う度、いつしかこの生もいつまで続くか判らないと覚った瞬間から刻み始めたそれは、小さな石板。
ぽっかり空いた空間に腕を入れたテギョンは、その上で、ボロボロで、もう形など留めていない一本の線が残されているのを見つめた。
『花は、枯れる。木も朽ちる。石もやがては砂になる。けれど・・・』
けれど、花や木や人の存在よりも石の方が遥かに長く存在する。
土に還るまでの時間は長い。
だから、刻んでいた。
その石版に。
たったひとつ。
ミニョが受け取ったもの。
『けれど、流石にここは、開けていないか・・・』
取り出した石版の作った痕と開いた壁の隙間から零れた破片を見て、慎重に元に戻したテギョンは、壁を閉じ、ならばシヌに聞けば良いと部屋を出て行ったのだった。