黙り込んでしまったミニョにモッタ夫人が、お替わりはとポットを持って話掛けていた。
しかし、ミニョは、俯いて空のカップを握って微動だにせず、不思議な顔をした夫人がソヨンを見ると肩を揺すられて漸く気が付いたという素振りでミニョが笑っていた。
『あっ、あ、すみません・・・頂きますっ!』
明るい声で返事をしたミニョであるが、首を傾げたソヨンは、窓の外に視線を外し、そこに佇む男性を見とめて外に足を向けていた。
『オンニどこへ!?』
『定期報告っ!ったく、面倒くさいったら!メールしているんだからわざわざ持って来なくても良いのにっ!っとに狸爺共めっ!』
きょとんとするミニョに吐き捨てながら立ち上がったソヨンは、口調とは裏腹な嬉しそうな声で、窓を開け、真っ直ぐ男性の元へ歩み寄っていった。
黒づくめのスーツを着込みサングラスを掛けた男性が、胸に抱えた書類をソヨンに渡し、深々とお辞儀をして止められていたスポーツーカーに乗って去っていった。
そのエンジン音を聞きながら戻ってきたソヨンの綻ぶ顔にミニョは不思議な顔を向けている。
『ふふ、楽しそう・・・』
留め具の付いた封筒を開け中から取り出した紙を見ながら戻ってきたソヨンは、ミニョと目が合うとそれを差し出し、モッタ夫人に封筒毎渡した。
『わたしの息子よ』
『えっ!?』
『事情があって、一緒に住んでないんだけどね・・・ああやって、定期報告を持って来てくれるの・・・世界中、どこに居てもね・・・有難いわ・・・有難い・・・でも、でもねっ!ミニョっ!聞いてくれるっ!』
ソヨンの口から初めて聞く事情。
けれど両肩を掴まれるミニョは、ソヨンの勢いに押されながら手元の写真をチラリと見て、何が何だか判らないという顔だ。
馬に跨った少年が誰かに手綱を引かれ写っている。
砂漠で撮られた写真の中で笑う少年の服装は、どこかの国の民族衣装で、その衣装の上に太いマジックの韓国語でオンマ元気かと書かれている。
『砂漠って馬がいるんですか・・・』
ミニョの肩を揺すったソヨンは、傾けられた首の視線の先を追って突如笑い出し、封筒の写真を拡げていたモッタ夫人も手を止めるとポカンとしてミニョを見つめるとまぁと上品に笑い出した。
『まぁまぁ、可笑しな質問です事、ほほ、砂漠にはラクダしかいないとでも思っていらしたのですか!?』
『えっ、えと・・・は・・・い・・・』
隣に座ったソヨンと目の前で笑っているモッタ夫人と可笑しそうに笑うふたりに恥ずかしそうなミニョは、キョトキョトしながら定まらない視線を写真に向けた。
『えっ、えっ、だって、だって、砂漠って言ったらラクダじゃないですかぁ』
焦る口調で、発言を肯定したいミニョにクククと笑いを沈め乍らソヨンが、別な写真を手元に引き寄せた。
『ラッラクダと一緒に写っているのもあるわよ!あっははっ、ミニョってば、それある意味偏見だわ、ふふ、アフリカに像しかいないと言ってるのと同じっ』
『えっ、アフリカには、キリンさんもいましたよ!連れて行って貰いました』
『あふふ、そうだったわね・・・キリンもライオンもその土地に生きている動物ね』
『ふふ、ラクダは、確かに砂漠でしか見かけないですけどね』
沢山のラクダの群れを追いかけている少年。
沢山の大人の女性に囲まれて、でも女性の顔は、どれも布で覆われて目元しか見えていない。
ハレムの様相に見える写真を手に取ったソヨンは、そこに写っているひとりの男性を見つめた。
『オンニのアドゥル(息子)は、砂漠にいらっしゃるのですか!?』
『そうよ。砂しか無い国よ。水は貴重で、人も貴重。馬だってね、持てる人は数少ないわ。そういう意
味では、ミニョの言い分は当たってるけどね』
けらけら笑っているソヨンは、且つてそこに嫁いだのだとミニョに話を始めたのだった。