『アッパ!?』
不思議顔で、黙って聞いていたミニョが、止まった会話の隙をついてジェヒョンを呼んだ。
振り返ったジェヒョンは、重苦しい口調とは裏腹にミニョに崩した相好を向けている。
『ファン・テギョン・・・今日は、ゆっくり休んでくれ・・・話は明日、シヌも交えてしよう』
『はっ、ありがとうございます』
ジェルミに促されて立ち上がったテギョンが共に去り、伸ばされた手を獲るミニョは、消える背中を見つめながらジェヒョンと向き合った。
『アッパ!?何のお話ですか!?』
疑問をそのまま口にした。
テギョンとジェヒョンの会話は、淡々とでもどこか不穏なものを孕んでいた。
それを感じ取ったのは、ミニョだけでなく時折顔を顰めていたジェルミの顔色を見逃せなかった。
宰官である以上、ジェルミは、この国の政治を仕切っているひとりである。
若い身空でその能力は、誰もが認めるものであり、王を支え、この国が、こうも平和で安穏と君主も臣下も隔てなく過ごせているのは、先祖代々の土地柄もあるが、今は、ジェルミの力が大きい。
『お前が、心配することではないよ』
『でも、シヌオッパと関係が・・・』
『ああ、シヌが、欲しいのだよ。あの男・・・ファン・テギョン・・・は・・・』
何者であるのか。
それは、ジェヒョンの口からも聞けなかった。
懇意である事は、態度を見ていて解る。
森で出会った時、ミニョが用向きを尋ねても一切答えなかったテギョン。
剣を抜いたのは、ミニョであったが、そもそも抜いた理由があった。
それを思い出したミニョは、むむと唇を突き出すとジェヒョンに断りを入れて広間を後にした。
★★★★★☆☆☆★★★★★
『あー、もう!思い出したら、ムカついてきました!あの男!ファン・テギョン!許せないっ!』
ズンズンと廊下を歩くミニョは、客間のある南の棟に向かっていた。
途中、テギョンを案内したジェルミと出会い、シヌのいる中庭を散策していると聞くとそちらに向かって走り始めた。
『あっ、でも、今っ・・・』
何事かを言いかけたジェルミを無視したミニョは、さっさと庭に下り既にドレスの裾も見えなくなっている。
『ああ、まぁ・・・姫には良い薬か・・・』
頭を掻きながらジェヒョンの元に戻るジェルミは、大きく息を吐いて踵を返した。
★★★★★☆☆☆★★★★★
『なぁ・・・いつまでそうしてんのっ!?』
剣を合わせたまま既に数分、間合いを取ったまま動かないふたりは、ただ、ジリジリと切先を押し合って力比べをしている様にミナムには見えていた。
しかし、互いに互いの力量を知っているふたりは違う。
どちらも引いても押しても自分の間合いを取られることを承知で、動けずにいる。
これは、あの女と同じだ。
そう思っていたのはテギョンで、ミニョと剣を交えた時に感じた剣筋が、間違いなくカン・シヌのものであるという考えは、間違っていなかった事をたった今裏付けられていた。
お前の師は、カン・シヌかと聞いた時、まだ、確信は無かった。
鈍(なまくら)になっていると嘯(うそぶ)いてみたが、シヌに限ってそれは無いと且つて共に鍛錬をした友を睨みつけていた。
『なぁってばー』
稽古の途中で、放り出されたミナムは、すっかり蚊帳の外にされて膨れている。
『ああー、もう!俺のけ・・・』
『ファン・テギョン!!!!』
叫んだミニョの声を合図にシヌの剣がテギョンのそれを宙へ薙ぎ払ったのだった。