『ミニョ、明日はどうする!?』
ガイドブックを捲る手を止めたソヨンが、ミニョに聞いていた。
ヨーロッパの空港に着くなり、アフリカでそうであった様にパッパと手続きを済ませてしまうソヨンにきょろきょろしながらぼけっとしているだけのミニョは、子供の様に手を繋がれて、早口で交わされる英語とイタリア語、フランス語と数か国語を難なく操るソヨンに感心をしていた。
あれよ、あれよという間にタクシーに乗せられ着いた先は、湖の畔に建つコテージで、てっきりホテルに泊まると思っていたミニョは、質問をするよりも先に背中を押されて室内に招かれ、管理人だと
いう老夫婦と挨拶をしていた。
ミニョの英語に返って来た言葉は、聞きなれないものであったが、すぐに韓国語で話しかけてくれ、ここまで来て母国語が聞けることに安心を覚えたミニョは、あっさり、老夫婦と打ち解けていた。
『えっ!?オンニ!?何か言いましたかぁ!?』
夫人が作ったというお菓子を頬張り、子供の様に粉を付けた顔で振り向いたミニョをソヨンが笑った。
『ったく、何をしに来たのやら・・・』
閉じた本を棚に戻したソヨンは、ミニョの座るソファに近づいた。
『モッタ夫人の作るお菓子は、絶品だからね』
差し出されたフォークと皿を手にソヨンも堪能し始めた。
『ふふ、ここまで来て韓国料理が食べられるのも有難いです!けどぉ、これなら私、一緒に来なくても良かっふぁんじゃ・・・ホテルより快適ですよぉ・・・』
モッタ夫妻を紹介されてすぐ、ソヨンに場所の説明もされたミニョは、A.N.Jellの写真集の撮影は、このコテージを拠点に滞在中の面倒一切を夫妻が請け負ってくれることを聞かされていた。
コテージの持ち主は、ソヨンの友人だが、実質的にモッタ夫妻が自宅として使用して居り、そもそもミニョを伴ったソヨンの目的は、テギョンの潔癖症が要因であったにも関わらず食事も、寝室も星が付くほどのホテルと比べても遜色無く快適だ。
『モッタ夫人は、韓国料理もお上手です!他のお料理も美味しいですし!お掃除だって!』
『はは、まぁね、元々ホテルのシェフだったのよ。ご主人の定年に併せて引き抜いて来たの』
『えっ!?』
『そうそう、あの時は、何を仰っているんだろうと・・・あと1年待てばこれからは、家でゆっくり、ふたりのお茶の時間を楽しめるのにとそう思っていましたよ』
『でも、引き受けてくれて・・・感謝してるわ』
それは、まるで、ソヨンこそがこの家の主である事を表していたが、ミニョは、知らない振りを決め込んでいた。
ミナムとソヨンの会話が頭を過ぎった。
「チェ・ソヨンの名前を捨てなかったんだぁ・・・てっきり、向こうで捨てると思ってたけど・・・戸籍の整理、しなかったんだぁ・・・」
「しても良かったんだけどね・・・やっぱり私は、韓国人よ・・・どこにいても何をしても祖国は、祖国。親が誰かも解らないけど、ファーザー(神父)に貰った姓は捨てられないわ」
「あいつ・・・元気なの!?」
「ええ、元気にやってるわよ・・・結婚した途端大変だったけどね」
「大事にされた!?」
「今もされてるわよ!ほら!」
「それもあれも大事にされてるのとはちょっと違うんじゃない!?犯罪者かよ」
ミナムとソヨンは、けらけら笑って話をしていたが、その内容は、決して手放しで喜べるものでは無かった。
それを偶然立ち聞いてしまったミニョは、そそくさとその場を去った事を思い返していたのだった。
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