『姫っ!どこに居られるっ!姫ー』
遠くからミニョを呼ぶ声と馬の蹄の音が近づいていた。
離れた男は、馬の手綱を引きながらミニョの手もしっかり握っている。
『姫!?』
ミニョを怪訝な顔で見下ろした。
『姫って・・・のは・・・まさか!?』
ミニョを上から下まで見て首を傾げ、上目のミニョは、顔を逸らした。
『お前のどこが姫なんだ!?姫ってのはもっとこう・・・』
持論を展開するつもりか考え込む男の前で唇を拭うミニョは、徐々に頬を膨らませていた。
『もしかして初めてだったか!?』
ぷっくり膨れ突き出た唇を見つめる男は、恨めしそうに見上げたミニョの頬に手を添えた。
『まぁ、許せと言うつもりも無いけどな・・・しかし、お前が姫ならば、俺の用はひとつ、片が付くな』
バサバサと木立を掻き分け葉擦れの音を引き連れた馬がふたりの前に飛び出てきた。
馬を宥めて降り立った青年は、ミニョに触れる男に眉を寄せ、素早く腕を引いた。
『何者だ!?』
ミニョを背中に庇って訊ねた。
しかし、男は、興味が無くなった様に背を向けて馬を撫で始めた。
『何者かと聞いている!旅人か!?』
増々眉間に皺を寄せる青年の手が腰に伸びていた。
しかし、抜く筈の剣の柄を抑えたミニョが振り向いた青年に首を振っていた。
『聞いても答えないわ・・・散々聞いたけど無駄だった・・・けど、師匠に用があるらしいの』
『シヌssiに!?』
驚きを含んだその声を僅かに振り仰いだ男は、口の端を上げ、颯爽と馬に飛び乗った。
手綱を引き首肯垂れる頭を持ち上げて、笑っていた。
『俺の名は、ファン・テギョンだ。お前達の師は、カン・シヌであろう!俺は、そいつに用がある。断っておくが、果し合いをしに来たのでは無い!城まで案内(あない)してもらおうか』
先程までの厳しく無表情な顔を塗り変えた笑顔は、まるで子供の様だ。
きょとんとしたミニョが、青年に庇われたままテギョンと名乗った男を見上げ目を丸くしている。
『ったく、シヌが、どっかの城に囲われているというから来てみれば、こんな辺境の長閑な場所とはな・・・あいつの腕もさぞ落ちているだろう・・・』
辛辣な文句の中に見え隠れする親しみに青年とミニョが顔を見合わせて頷いた。
『オッパと親しいみたいですね・・・それならそう言って下されば・・・』
『言えば、どうなったと!?先に剣を抜いたのはお前だぞ』
『なっ・・・』
息を呑んだ青年がミニョを見つめ、叱り付ける様に睨むと困り顔のミニョの目が逸れた。
『姫っ!!!無暗に剣を抜くなと言われてるでしょう!!』
『だっ、だってぇ』
『だってもさってもありませんっ!姫は、姫なんですっ!もう少しご自覚をっ!お転婆にも程があると・・・はぐっ・・・』
青年の口を抑えたミニョが、曖昧に笑いながら首を傾げた。
『こっ小言は帰ってから聞きますっ!しっ城に戻りますっ!!』
ひとしきり青年の口を抑えたミニョは、戻ってきた白い馬を見つけ笑顔で駆け寄っていた。
『ぷはっ・・・ったく・・・自覚が足りないと・・・』
『おしとやかには程遠い女だな』
ポソリとテギョンが漏らした呟きを忌々しそうに聞きながら馬に跨るミニョに続き青年も馬に跨っていたのだった。