『何者と問うならば、お前が名乗れ!』
突きつけた剣のその先で男の目が、ミニョの目を真っ直ぐ見ていた。
『な・・・ならば、剣をお引きくだされっ!』
『それは出来ぬ』
『なっ・・・』
『お前・・・女の癖に鋭い剣を使う・・・引けば俺が危うくなる・・・何者だ』
互いの剣先が喉元を捉えていた。
どちらが押しても引いても相討ちを覚悟せねばならない。
互いにそれを承知で、ピクリとも動けぬ状態での会話だった。
どちらにも余裕など無い。
けれど、どちらも譲らぬ我の強さは持ち合わせていた。
拮抗する強がりに先に剣を逸らしたのは男の方だ。
『チッ!お前とやりあっている暇など無いのだ』
『なっ、何をっ!』
『俺は、この先の城に用がある!お前とこんな処で遊んでおれぬ』
剣を鞘に収める男は、森に囲まれた城壁のその先の天守を見上げていた。
『ここにいるという事は、お前、あの城の兵士か!?』
ミニョとの出会い頭に飛び降りて何処かへ逃がしていた馬が男の傍らに戻って来て鼻先ですり寄っていた。
その馬にどこか嬉しそうに口元を緩める男の顔を見上げているミニョは、訝しそうに見ている。
『ったく、この国は長閑(のどか)過ぎると聞いていたが、なかなかどうしてお前の様な者に出会うとは・・・噂も当てにはならぬな』
馬に向ける眼差しとはまた違う鋭い目で吐き捨てた男は、手袋を外した。
『えっ!?』
向けられた手にきょとんとしたミニョは、じっとそれを見つめ派手な舌打ちをした男が強引に腕を絡めた。
『いつまでそうやってる!案内(あない)しろ』
ミニョの剣を叩き落し、立たせた男は、それを拾って刃を一睨みして鞘に収めた。
『この辺は、人は滅多に訪れぬ、こんな場所にやってくる物好きはそう多く無い!平和ボケしてるかと思えば、お前の様な者がこれだけの剣を使う・・・・・・つまり誰か教える者が在ろう』
独り言の様に男はミニョの顔に浮かぶ疑問の答えを出していた。
『俺はそいつに用がある!奴は城に居て、お前の師だろう!?』
胸元に付き出された鞘を無意識に受け取ったミニョは、片頬だけを上げる男の顔を相変わらずきょとんと見つめている。
『お前の身なり・・・上物だよな・・・肌理(きめ=配慮)も細かく織られ・・・そんな物を身に着けられるは・・・』
『貴様は何者かと聞いてっ!!!』
返された剣を再び抜こうとしたミニョは、けれど今度は背中を些か大木にぶつけていた。
喉元を男の肘に抑え付けられ、鞘を持つ手は、頭の上に持ち上げられ、男の手に締め付けられる手首が握力を失くしていた。
『ふっ、所詮女だという事を覚えておけ』
クスリと笑った男の顔を見上げるその一瞬、落ちる鞘に目を奪われる事も無くミニョは男に唇を覆われていた。
『っ・・・・・・・・・』
長い長い静けさは、嘶(いなな)く馬の悲鳴で、時を戻したのであった。