『頼む・・・どうにかならぬものか・・・』
『そうは仰られましてもねぇ・・・』
丘を下りて林を抜け裏庭に辿り着いたミニョとセロムは、顔を見合わせていた。
『何でしょう!?』
『ばぁやの声ね』
どちらも困ったという顔が想像出来る声の会話にハッとしたセロムがミニョを引っ張った。
『ちょ、姫っじゃなかったミニョssi!こっち』
『えっ!?』
囁き声でグイグイ腕を引っ張るセロムに外壁の際からひょっこり顔を出そうとしたミニョは、ずるずる引き摺られ、裏口に押し込まれた。
『なっ、何するのぉ』
『出てこないで下さいっ!ひ、じゃなかったミニョssiが出て行くとややこしくなりますっ!』
『なっ、何よぉ、それっ』
『わたしが事情を聞いて来ますからっ!動かないっ!』
ミニョの叫びそうな口を抑えてビシリと指を付きつけ、メッとばぁやの様に見たセロムは、籠も押し付けて駆けて行った。
『なっ、何よーそれっ!これでも私っ・・・わたしは・・・』
籠をギュッと抱きしめたミニョは、口籠って俯いてしまった。
わたしは、この家の主だ。
その言葉を呑み込んだ。
主として存在している。
そんな事は、皆が承知している事だ。
主として大事にされている。
城を出た今も。
臣下と君主の線引きは、元々のミニョの性格と先祖代々治めてきた領地に於いてあまり意味を成さないものではあったが、それでもここにいる誰もがミニョを主として扱う。
それは、偏にミニョを守る為に他ならない。
そしてそれは、先代の王たるミニョの夫が父母を道連れに死を選んだ故に他ならなかった。
『逃げても良かったのに・・・』
恨み言を聞いてくれる相手はもういない。
恨み言を笑い飛ばして、揄ってくれた相手は、今、人が立ち入れぬ城の中で眠っている。
★★★★★☆☆☆★★★★★
「姫、最後にもう一度!」
「二度と戻れぬとご承知ください」
「姫っ!貴方だけでも生きねばなりませぬ」
「お辛くとも耐えてください」
「必ず戻ろう」
「えっ!?」
★★★★★☆☆☆★★★★★
ぼんやりしていたミニョのその腕から籠と薪を抜き取ったセロムが、小首を傾げていた。
『ミニョ様!?どうかなさいました!?』
『えっ!?あっ、あれ、セロム・・・お帰り・・・』
『お帰りじゃありませんよ、ミニョ様も一緒だったじゃないですか』
『あっ、あれ、あっ、違うっそうじゃなくて、そのっ何だったの!?』
大きな目を見開いて薪を焼(く)べるセロムを見るミニョは、慌ただしく立ち上がった。
『ああ、旅の将校です・・・戦地から戻る途中、お仲間が熱を出したとかで、宿を探していたみたいですけど婆様が、ジェルミの家に連れて行きましたよ』
『そっ、そう・・・』
『・・・わたしの考えすぎでしたよ』
『えっ!?』
『あまり、悩まないでください!ミニョ様は生かす事だけを考えてくださいねっ!』
生きるのでは無く生かせと言ったセロムに息を呑むミニョは、また黙り考え込んでいたのだった。