広間で畏まるミニョは、中央に座する男性に向かって恭しく頭を下げていた。
身なりを一新させドレスを着こんだミニョは、裾を摘んで静々と前に歩み出ている。
『お戻りなされませ姫様』
『お戻りなされませ』
居並ぶ侍女と兵士に声を掛けられ玉座を前にもう一度頭を下げる。
『今日はどこに行っておったのだ。お転婆娘殿』
書簡を脇に寄せ小さなテーブルに肘を置いた男性が、ミニョを睨みつけた。
『今日は川向うの森でお稽古をしておりましたわ』
『また随分と遠くへ・・・まぁ、お前の腕は認めるが、もう少し淑やかに過ごせぬものか・・・』
ミニョの姿を上から下まで何度も往復した目が閉じられ小さな溜息が、溜息の渦にかき消された。
『なっ、アッパだけじゃなくて皆もって失礼じゃないですかぁ』
ぐるりと振り返るミニョは、項垂れて呆れ顔で首を振る広間の全員を見回した。
『黙っていればお淑やかですよねぇ』
『そうそう、剣さえ振らなければ、姫様ほど美人な方もそうそういない』
『男の子みたいですからねぇ』
『ミナム様の方が余程女性らしく・・・』
『やはり、間違われたのでは・・・このままだと嫁の貰い手も・・・』
遠慮の無い口が次々と開き、前を向いたミニョは、やれやれという顔の男性と目を合わせていた。
『アッパ!』
『本当の事だからな、儂には何も言えん』
『アッパぁあ』
地団太を踏むミニョは、膨れて見せたが、笑っていた玉座の主は、差し出された書簡に目を通しながら表情を変えた。
『森で、ファン・テギョンという男と会ったそうだな』
『え・・・あ・・・はい・・・シヌオッパにご用だとか・・・』
『ああ、シヌの旧知だ・・・というよりシヌの父の・・・というべきか・・・』
『アッパもご存知なのですか!?』
父の顔色を不思議に窺うミニョは、手招きに応じた。
臣下と王を隔てる段をゆっくりあがり、けれど、膝を突こうとした体が傾いた。
『えっ!?わっ、きゃ』
慌てても腕を伸ばすという考えが無いのか、布目に引っ掛けた手をそのままに顔から床に突っ込もうとするミニョを宰官の腕が捉え、間一髪鼻先を擦り付けたミニョは、息を呑んでいた広間の笑いに包まれた。
『うっ、すびばせん・・・ジェルミ・・・』
『いえ・・・ご無事で何よりです。まぁ、森で転ぶよりこちらの方は、痛くも痒くも無いでしょうが』
『なっ!』
ミニョのお転婆は、周知の事実だ。
今はドレスを着こんでいても暇さえあれば、剣を握って外を走り回っている。
だから、ミニョのドレスの下は、あちこちでつけてきた傷が絶えず、大きな怪我こそ負っては来ないが、鼻の一つくらい擦っても何ともないだろうと宰官ジェルミが笑っていた。
『しっ、失礼でしょう!』
『失礼だと思うなら、ジェヒョン様の仰るようにもう少しお淑やかになさったらどうですか!?皆も!そう思うであろう』
下段に向かって同意を求めたジェルミは、湧き上がる笑い声にミニョを得意げに見下ろし、紅くなった鼻を擦るミニョは、ふくれっ面を逸らした。
『はは、お前の負けだミニョ・・・・・・ジェルミ・・・』
ミニョに声を掛け乍らもジェルミに硬い声を向けたジェヒョン王は、書簡の中から取り出した1枚を見つめた。
と同時に頭を下げたジェルミが、腕を大きく振り、それを合図に広間から人々が去っていった。
『アッパ!?』
人払いをした父を見つめるミニョは、膝を折って床に跪いていた。
頷くジェヒョンに踵を返したジェルミが、続きの間に入り、暫くしてテギョンを伴って戻ってきた。
広間に足を揃えるテギョンは、深く腰を折ると膝を突き、ジェヒョンの言葉を待っている。
立ち上がったジェヒョンは、テギョンを見る事無く、窓に近づいて外を眺め始めた。
『懐かしき・・・我が国は、遠く、洛陽(場所を示す=北)も美しき季節であるか』
青々と茂る森を見つめたジェヒョンは、低く重い声を出していた。
先程ミニョと会話をしていた声音と違い、その空気に触れるミニョは、ジェヒョンの背中を見つめるジェルミを見つめ、頭を下げたままのテギョンが、応えた。
『踏みしめる葉擦れも、いずれ耳に心地よく』
『その葉もいずれは土となり・・・新しき芽の糧となろう』
『然し乍ら落ちる葉が些か多くございます』
『病に罹(かか)ればそれも致し方ない事よ』
『ですが、進行を止める薬など・・・処方出来ぬかと・・・』
重い空気の中で、ミニョは、テギョンを見ていた。
ジェヒョンに答える声は明るく対照的なふたりを見るミニョは、首を傾げた。
『何年だ・・・』
『3年目になりました』
『そうか・・・方々回られたであろう』
『些かも苦には思いませぬ・・・こうして会えました』
『如何に・・・・・・いや、いや、これは、聞かずにおこう・・・カン・シヌか・・・』
顔をあげたテギョンは、口を開く代わりに振り返ったジェヒョンと目を合わせていた。
交わる視線を前にしたミニョは、膝を覆う布をぎゅっと握り締めたのだった。