『ミニョ！遅くなってごめん』
『オンニ』
駆け寄って来たソヨンの手には、タンブラーが三つ握られ、一つを受け取ったミニョは、礼を言ってベンチに座り直した。
『電話！？』
スーツケースを引き寄せたソヨンは、その上にタンブラーを置こうとして、携帯を手に俯きキョロキョロそわそわしているミニョが気になった様で、相手を訊ねた。
『え、あっはっ、オッパです・・・』
ミニョのいうオッパに二つの意味があり、そのどちらもが、過剰に過保護なのに、素っ気なく、背中合わせでいがみあっている様で、そうではないと思っているソヨンは、それをそのまま口にした。
『そうですかぁ、だったら、嬉しいのですけど・・・』
『そうなのよ！特にミニョに関しては、どっちもどっちよ！素直になりきれないっていうか・・・ったく、
男ってのは、どうしていつもこう・・・・・・』
吐き捨てるソヨンの言葉を笑顔で受け流そうとしたミニョは、悲鳴にも似た嬌声でさっと顔色を変えた。
『え！？あら！？やだ、あっち・・・』
立ち話をしていたソヨンの位置からは一階が良く見えている様だ。
『へぇー、彼も来たんだ・・・』
長い脚でベンチを跨いで柵に寄りかかったソヨンに隠れる様にミニョも階下を見下ろした。
『ミニョの電話の相手は、彼の方か』
『オンニィ・・・』
情けない声でソヨンのシャツを引っ張ったミニョは、今、ここにいる理由を先程まで説明していた事を話した。
『納得しなかったでしょう！？』
『・・・そうです・・・お仕事だっていっても・・・社員じゃないって言われて・・・わたしは、お仕事のつもりで、アン社長からお引き受けしたんですけど・・・』
『仕事かプライベートかっていうのは、私みたいにフリーランスの人間もいるからね・・・芸能界なんて、珍しくも無いと思うんだけど、彼には、きっちり説明してあげないと駄目かなぁ』
大きくなる嬌声にミニョは、ますますソヨンに身を寄せると観衆に礼を尽くしつつ、キョロキョロ辺りを見回していたテギョンが、ハタと二階を振り仰ぎ、手を振るソヨンを視界に捉えるが早いか、エスカレーターを駆け昇って来た。
『おー、おー、速いね、皇帝君、意外と鍛えているんだ』
一段置きに段を飛ばして昇っているテギョンは、あっという間にソヨンの前に立った。
『おいっ、どういうつもりだっ！』
肩を僅かに喘がせながらも髪一つ乱していないテギョンは、同じ背丈のソヨンに向かって、低く呻った。
『どういうつもりって！？』
不満一杯顔のテギョンを前に涼しい顔のソヨンは、コーヒーを飲みながら微笑み、舌打ちをしたテギョンに背中を震わせたミニョは、俯いて携帯を操作し始めた。
『この書類だ・・・お前の仕事の下見にミニョを連れて行くとある・・・』
内ポケットから取り出した書類を拡げたテギョンは、ソヨンの眼前に突きつけ、顔に貼り付きそうな勢いに仰け反るソヨンを尻目に黙ったままのミニョに腕を伸ばした。
『そのままよ』
バシッと乾いた音が響き、あと一歩ミニョに触れられなかったテギョンは、睨み顔で舌打ちをした。
『A.N.entertainmentと契約をしたのよ・・・下見にはそちらのスタッフが必要だわ』
『だからっ！何でそれが、こいつなんだっ』
俯いたままのミニョを指差したテギョンは、一言も喋らない背中を睨みつけていたのだった。
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