薄暗くスポットライトの当たるステージは、朗々(ろうろう)と密やかな静けさを醸し出し、客席のざわめきと一線を隔していた。
「大丈夫か!?」
ギターを肩に掛けてやりながら唾を飲みこむテギョンは、リンの両腕を摩り、もう何度目かの確認をしていて、見下ろすミニョは、ファイティングポーズを作っている。
「オッパ・・・心配し過ぎです・・・」
呆れた声と顔にきょとんとするリンは、淡いグリーンの鬘の上から帽子を被り直した。
「だーいじょーぶーなのー!僕、アッパの子供だもん!」
駆けずり回るスタッフに時間を指摘されたテギョンが立ち上がっている。
「うっ・・・心臓が潰れそうだ・・・」
衣装を鷲掴みにしながら、肩を抱いたテギョンをミニョが抱きしめた。
「失敗しても良いのです!ダメだったら演奏なんか止めて良いのです!完璧にする必要はありませんっ!オッパの真似をする必要もありません!楽しんでいらっしゃいっ!」
しゃがみ込んだミニョの手の平がリンの頬を滑っている。
「時間一杯だぞっ!押してるからA.N.Jellもそのままスタンバイさせろっ!」
無線から漏れる怒号を聞きながら、スタッフに促されたシヌ、ミナム、ジェルミがテギョンとミニョに近づいて来た。
「ヒョン、泣いても良いけど終わってからにして・・・」
「なーに言ったってもうどうにもならないよー」
「見てるだけって辛いよな・・・でも、お前の仕事をしてくれ」
テギョンのギターを差し出したシヌにミナムもジェルミも笑っている。
「リーン!いくっぞー」
「はーい!じゃぁねーオンマーアッパー」
にこやかに手を振ったリンは、ジュンシンと舞台裏を駆け、程なく、ユソンのドラムスティックが、幕を開けさせた。
「ぅ、きゃーーーーー」
「オッパー」
「シーヌー」
「ミナムー、ジェルミー」
「きゃーーー、わーーーーえ・・・」
逆光の光が当たるステージに一斉に高まり渦を巻いた歓声が、高波を呼び込み、瞬間、引き波の一瞬の静寂がテギョンの耳に届いている。
「・・・いっ・・・」
ギターを構えて背中を震わせたテギョンは、しゃがみこんでしまいそうな程脱力した。
「だーかーらー心配し過ぎですっ!」
手を叩いて喜んでいるミニョの肩に額を落としたテギョンは、振り返ったふくれっ面に唇を尖らせている。
「ったく・・・なんでお前はそんなに緊張感が無いんだよ・・・」
「だって、私が緊張したって、演るのはリンなのです!オッパだって助けられないでしょう」
「うっ・・・薄情な・・・」
「今更今更、切り替えろ切り替えろ」
「俺達が失敗するんじゃん!?」
「ボーカルもギターもいるから良いんじゃないか!?立ってるだけのファン・テギョンってのも新鮮かもな」
フットワークを確認しているミナムとジェルミが、互いを背中で担ぎあい、ギターのピックを指に挟んだシヌが笑い乍らミニョの隣に立った。
「いっそミニョ出るか!?」
「えっ!?」
「パボな事言うなっ!衣装も着てないコ・ミニョなんか出せるかっ!」
中途半端な着替えをしているミニョを見たテギョンは、大きな舌打ちをしている。
「チッ!ったく、俺が壊れそうだ・・・お前等もお前等だっ!俺をからかってる暇あるかっ!」
「テギョン程緊張してないし」
「こういう時って女の方が強いよな」
「いつも通りっ!ペンを楽しませて俺も楽しむっ!ミーニョー頑張ろうねっ」
勝手な返事のどさくさ紛れにミニョの手を握ろうとしたジェルミの手をテギョンが払い除けた。
「触るなっ!こいつに触って善いのは俺だけだっ!」
ミニョの肩を抱き、囲い込んでいるテギョンは、ステージを真剣に見つめている。
「終わるぞ」
ギターを構えたシヌの前で約束のエンディングが、会場を包んでいた。
「ジェルミっ!」
「了解っ!」
「ミナム!」
「アラッソー」
「シヌ!」
「ああ」
軽い拳の接触で、散り散りになったA.N.Jellは、ステージ下へ向かっている。
「コ・ミニョ・・・」
「大丈夫ですっ!リンにちゃんと伝えますっ!」
テギョンの囁きに親指を立てて見せたミニョは、テギョンの心中を察して笑い、笑い返したテギョンは、奈落の通路に腰を落として向かって行ったステージの幕開けだった。