ゆったりとソファから立ち上がったシヌが、ユンギとヒジュンを促してその後を談笑しながら追っていく。
カウンターで、あと一口とばかりに料理を摘んだミナムが、口に放り込むとビールも口にしているが、それを見ていたジェルミが、歌えるのかと聞いた。
「どうだろう!?ヒョン歌えって言うかな・・・」
「別に収録じゃないし・・・お遊びの一貫だけど・・・」
「演奏させるかな・・・」
「どっちかというと聞きたいのはスペードの歌だけど・・・ボーカルは不在だからな・・・」
ジェルミとミナムがそんな会話をしながらリビングを出て行ってしまうと、一人残されたミニョは、はーっと深い溜息をついていた。
「オッパに何も言わないでくれて良かったー!」
ほぼ、綺麗に片付けられた料理の数々を眺めて、よしっと拳を握っている。
「それにしても、ミナムオッパ相変わらず凄い食べるなぁ・・・わたしと大して変わらないのに何処に入るんだろう!?」
ミニョは自分のお腹に手を当てながら、ミナムの前に置かれていたお皿を見つめるが、自分も負けずに食べる事はどこかに放置されてるようだ。
「さっ、それよりもリンも連れてってくれたから片付けしちゃいましょ!」
そう言って、リビングへ向かい、お皿を重ね始めると廊下の方から足音が聞こえてきてドアの開く音がした。
何気なくそちらを見たミニョは、テギョンがクローゼットに入っていくのが見えて、うんと首を傾げるとハッとして廊下を走ってテギョンの後を追うようにクローゼットへ向かって行った。
「オッパー!」
奥の方に居るらしいテギョンに声を掛ける。
「なんだ!?」
「もしかして捜し物ですか!?」
ゴソゴソと物をどかしていく音が聞こえ、テギョンのくぐもった声が聞こえた。
「ああ、ここにあっただろ!?」
「そこに無いですよ!」
「何処に置いたんだ!?」
「地下に置いてあったでしょ!?」
くるっと振り返ったテギョンが、スリッパの音をさせながら奥から出てきた。
「スタジオに!?」
「ええ、下に持って行きましたよ!」
「いつだ・・・」
テギョンがバツが悪そうな顔でミニョを見るとミニョの口角があがった。
「あれって・・・やっぱり、リンの・・・」
片目を瞑るような仕種をしているテギョンは、観念したようにああと言った。
「事務所にもあるのでしょう!?」
ミニョがお見通しとばかりにテギョンに次々質問していくものだからテギョンの目がどんどん見開かれていくと上擦った声で聞いた。
「おっまえ・・・なんで知ってるんだ!?」
「わたしに内緒って言いました!?」
上目遣いに少し腰を屈めたミニョは、下からテギョンの顎の辺りを見ているが、その視線に耐えられないらしいテギョンは、瞳が左右に揺れている。
「ふーん・・・やっぱり、言ったんですね!」
テギョンは、無言で答えない。
「ふーん・・・言ったんだ・・・」
何か言いたそうなミニョは、頬を膨らませながらテギョンに背中を向けるとその場を去ろうとしてテギョンに呼び止められた。
「おっ、おい!言いたい事があるなら言っておけ!」
焦ったようなテギョンの声がミニョの背中を追いかける。
「べっつにー!なーんにもありませーん!」
廊下をリビングへ戻って行くミニョは、ふーんと何度も言いながら、独り言をブツブツ言っている。
ひとしきり、ミニョが消えるまで呆然とそこに立っていたテギョンは、眉間に皺を寄せると、リンかと呟いた。
しかし、ミニョが、今日までその話をしたと聞いた覚えの無いテギョンは、首を傾げながら地下のスタジオへ戻って行った。
★★★★★☆☆☆★★★★★
スタジオに戻ると既にユンギがリンを膝に抱えてギターを弾かせていた。
シヌがその前に座ってユンギとギター談義をしながらリンのことを話している。ジェルミは当然の如く、ヒジュンとドラムの話をしており、ミナムは、ピアノの前で白い紙を見つめていた。
ツカツカ戻って来たテギョンは、ぐるっとスタジオを見回してお目当ての物を捜すとピアノの向こう側にそれが置かれているのが見えた。
「おい!ミナム!そのケースを取ってくれ!」
ピアノの前に座るミナムにギターケースを取ってくれるように頼むテギョンは、その手にある紙を何気なく見た。
「ユンギの譜面か!?」
「うん!そう!この前歌ったヤツだって!」
ミナムがそれを口ずさみながらテギョンに説明すると、覗き込むようにそれを見たテギョンが、ふっと笑った。
「何!?」
「いや・・・」
何を思ったのか口にしないテギョンは、ケースを持ってリンの元へ歩いて行く。
「ほら!リン!」
ケースからギターを取り出すと事務所に置かれている物と全く同じギターが出てきた。
「あれ、一つじゃないのか!?」
シヌが不思議な顔でギターを見ている。
「ミニョにばれてた・・・」
テギョンが僅かに唇を歪めて笑っている。
「えっ!?内緒って言ってたのに!?」
「ああ・・・もしかしたら・・・」
テギョンとシヌがリンを見るが、ユンギにその手を包まれてギターを弾いているリンは、下を向いたまま僕じゃないよーと言った。
「お前じゃなければ・・・どうして・・・」
「アッパが内緒って言ったんだもん!」
おかしいなと首を傾げるテギョンは、シヌと顔を見合わせている。
「ミニョはそんなに勘が良かったか!?」
「俺に聞くなよ・・・お前と一緒にいて変わったんじゃないのか!?」
「そんな事はないと思うんだけどな・・・相変わらず事故ばっかり起こしてるし・・・」
ふたりがそんな会話をしていると不思議な顔をして見聞きしていたユンギが、あのーと言った。
「リンssiのギターって内緒だったの!?」
顎に手を置いて考え込んでいたテギョンが、ユンギを見た。
「ちょっとな・・・」
「それ、ミニョssiに言ったの僕だ・・・」
僅かに驚いた顔をしたテギョンがユンギを見つめる。
「この前公園で話してる時にギターもやってるでしょって言った・・・」
ユンギは、リンの指をコードを押さえられるように持ち上げてやると、こうと言いながら親指で弦を弾いてみせる。
「ミニョssi、笑ってええって言ったからてっきり知ってるのかと思ってたけど・・・」
テギョンの瞳が左右に揺れた。
「あいつ、話を併せたな・・・なんて高度な事を・・・」
「おい、おい、それじゃあまりにミニョが可哀想だぞ!」
シヌがテギョンに笑いながら注意した。
「お前、よく気付いたな!」
テギョンが、ユンギを見て言った。
「うん。テギョンの子供だから、ピアノはやってるだろうとは思ってたんだけど、この前リンssiと握手したんだよね」
「ねー!」
リンが、ユンギの顔を見て一緒になって首を傾けている。
「その時に気付いたんだ・・・」
ここと言ってリンの小さな手を握るとシヌとテギョンに見せる。
「ピアノじゃ出来ない肉刺だろ!?」
「ああ、そうだな」
シヌがリンの手を見て頷いたが、テギョンは僅かに目を細めた。
「でもさ、これじゃ毎日見ていると気付くと思うけど・・・」
ユンギが笑みを零しながらテギョンの顔を見る。
「だから、もっと前に気付いてたんじゃないの!?」
「チッ、ミニョのヤツ・・・気付いてて俺に黙ってたのか・・・」
テギョンは不満そうに唇を尖らせると何度か左右に動かした。
「アッパの内緒が多いって言ってたよー」
リンが、ユンギの膝の上から降りてくるとシヌの膝に乗り換えて独り言の様に言った。
「ユンギヒョン!弾いて!!」
手を叩いてユンギにギターを促すと良いよと言ったユンギが、いつもクラブで弾いていたスタンダードナンバーを弾きだした。
テギョンはリンの一言に首を傾げながら考え込んでいたが、暫くするとギターを取り出してきてユンギの前に座った。
セッションするようにユンギのギターに併せていく。
リンが、テギョンの方を見るとにっこりと笑って後ろを見た。
「シヌヒョンも弾いて!!」
「ああ、いいぞ!」
開いている椅子にリンを降ろしたシヌは、適当にギターを選ぶと戻ってきて弾き始めた。
即興のトリオ演奏が始まるとリンは、ワーッと言いながら3人を代わる代わる見つめている。
その瞳は輝いて、しかし、夢中になっているのはその指先の動きの様だ。
最後の音が少し高めに響くとユンギがギターを叩いて演奏を止めた。
テギョン、シヌ、ユンギの3人が顔を見合わせると、
それぞれに笑顔を零していく。
「懐かしいな!」
「昔は良くやったよな!」
「やっぱり凄いなお前のギター」
シヌがユンギのテクニックについて賞賛すると小さな手を叩いたリンが、上手ーと言った。
「まったく衰えていないんだな!」
テギョンが、ユンギの指先を見つめている。
「うん!ギターだけは、辞められなかったから、だからずっとクラブで弾かせてもらってたんだ!」
ユンギはギター見つめてヘヘっと照れくさそうに笑っている。
「作曲もしてたのか」
テギョンが、リンをチラッと見ると指を曲げて動かした。
その仕種に椅子をぴょんと飛び降りたリンが、テギョンの前にやってくる。
ギターを脇に降ろしたテギョンは、腕を伸ばしてリンを膝に抱きかかえるとその前に小さなギターを乗せてやる。
「うん・・・一応!昔みたいに思いつくまま書いて弾いてだったけど、それでも聞いてくれる人がいたし、昔、テギョンに言われたけど僕の曲も良いでしょ!?」
ユンギはエヘヘと頭に手を乗せて笑って見せた。
昔、テギョンがユンギに言った独特の世界感は、今でも活かされていてそれがライブにも繋がった様だった。
スタジオには、ドラムの音も響いていた。
時折あちらもセッションしているように音が入り乱れていく。
テギョンの膝から降りたリンは、ジェルミ達の所へ行ってそれを間近で聞いていたり、ミナムの所でピアノを弾いたりしている。
暫くすると、ミナムが、譜面を持って、リンを片腕に抱えるとテギョンの所へ近づいて来た。
「なぁヒョン!」
なんだと立っているミナムを見上げたテギョンは、珍しく口篭るミナムに怪訝な顔を向けた。
「なんだよ!?」
「俺、これ歌ってみたいんだけど!!」
真剣な表情でテギョンを見ているミナムだった。