「はぁ、スペードかぁ・・・」
光沢のあるデスクとその上に置かれたPC、そして革張りの椅子どこか高級感漂う広い室内から、ソウルの街並みを見下ろしているユンギは、窓ガラスに写る自分の姿を確認しながら、ガラスへ手を伸ばし、自分を捕まえる様に指を折った。
「これが、今の僕、だよね・・・」
つい、先日、公園で行ったライブの姿と今の自分のあまりの違いに溜息が零れていく。
「どっちが本当って聞かれてもなぁ・・・」
ボソッとスーツ姿の自分に呟いていた。
「失礼します!」
ユンギが、振り返ると、秘書のヒジュンが立っていた。
「ノックの音も聞こえないのですか!?」
ツカツカと室内に入って来るなり、いつもの様に嫌味を言いながらデスクへと近づいてきた。
「うっるさいなー!考え事してるんだ!」
「考えてない時などあるのですか!?」
長年一緒に働いているヒジュンは、年も近いせいか、ユンギに対して遠慮は、なくなっていて、痛いところばかりを突いてくる。
「おまえ、そういうの直した方がいいぞ!」
スラックスのポケットに突っ込んでいた手を出して、ユンギが、椅子に座った。
「心に留めておきます!」
ニッと笑うと、机の上に一枚の紙を置く。
「なんだ!?」
「スペードへの仕事の依頼です」
ヒジュンが、報告するように告げる。
「はぁ!?何でそんなもの持って来るんだ!」
「あなたの仕事・・・だからですかね!?」
そう言いながら、もっと分厚い書類を机に置く。
「続けられるわけないだろう!俺の仕事はこっちだ!」
ユンギは、そう言って分厚い書類の束を指差した。
ニッと片側の口角だけ上げたヒジュンは、手帳を広げると胸ポケットから、ペンを取り出した。
「解っていらしたのですか!」
何かを書き込み始める。
「ふん。解ってる!というか、お前だってメンバーなんだから解ってるだろ!!」
「私の仕事は・・・あなたの秘書です・・・」
ヒジュンは、ペンを胸へ戻しながらユンギの顔を見るが、長い溜息をつきながら聞いた。
「それで・・・どうされるおつもりです!?」
「どうって・・・」
「スペードですよ。続ける気・・ないでしょう・・・」
「ああ・・・あの日だけって決めてた・・・」
両肘をデスクに突いたユンギは、指を絡めるとその上に顎をのせて、依頼書に視線を落とした。
「あの子に説明したのですか!?」
「最初からそういう約束だったし・・・あの子も納得してた」
「ですが、実際、アクセスは殺到してますよ。それに、メディア関係からは、マネジメントについての質問状も幾つか来てますが・・・」
「いいよ・・・暫く・・・無視しろ・・・」
「解りました・・・しかし・・・」
立ち上がったユンギは、窓に近づこうとして振り向いた。
「何かあるのか!?」
「一部のメディアからあなたに質問状が来てます」
「!?」
「顔を出されたでしょ。HPの方は、修正を加えましたので、解らないと思いますが、会場で直接見たのでしょうかね」
「そうか・・・」
「どうされます!?」
「もうすぐ・・・あの子が出国する。それまで、時間を稼いでくれ!」
「解りました」
ヒジュンは、手帳を取り出して、書き込みをしていく。
「ああ、それから、個人への質問状ですが、イ・ユンギへの質問は会社として受けることにしましたので・・・」
「今の話を聞いてた!?」
「会社として受けるのです。いい宣伝になるじゃないですか!?もっと、教室の宣伝でもしてください。スペードとは関係ありませんので、頑張って下さい・・・社長!」
ヒジュンは真顔で話し続けると最後にニヤッと笑った。
「優秀な秘書だね!!」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるところがまた嫌味に感じられ、ユンギは、舌打ちをした。
「いいよ!会社の代表として受けるよ!僕は、この会社を守らなければならない!二足の草鞋なんて履けるか!」
「さんざん履いてた癖に・・・」
横を向いてボソッと零すヒジュンは、ユンギに睨まれている。
「だから、クラブに行くのも辞めただろ!」
「最初から、行かなければ、こうは、ならなかったのですがね・・・」
「なんだよ!お前だって乗ったんだから同罪だろ!」
不満そうなユンギは、ヒジュンを見ている。
暫く、二人の間に沈黙が流れ、先に口を開いたのはヒジュンだった。
「彼女の為かな・・・」
ヒジュンの話し方が、フランクに変わった。
「お前と、彼女と、いい思い出だったんだよ!あの子が現れなければ、俺も忘れてた。
懐かしい青春の思い出に浸りたくなったんだ」
どこか、懐かしいものでも見るように、手帳から一枚の写真を取り出したヒジュンは、
目元を緩めてそれを見ている。
「デビューが、ダメになった時、お前だけでも残れた筈なのにそうしなかっただろ・・・彼女の為だってそう言ったけど、もう一度、一夜の夢を見ても良いのかなって・・・そう思ったんだ」
「ヒジュン・・・」
ユンギが、少し暗い顔をした。
「そんな顔をするな!おれは、別に後悔してるわけじゃない!彼女がいなくなったのだって、理由があったんだろ!?いつか・・・そうだな・・・もっと爺さんになったら教えてくれよ!」
ニヤッと笑って、下を向いたヒジュンは、写真を戻すと秘書としての顔に戻っていた。
「では、社長、本日のご予定ですが・・・」
手帳を広げて話し始めるヒジュンの顔を見たユンギは、首を小さく振って後ろを向くと呟いた。
「変わり身の早いヤツだな・・・」
ヒジュンの予定を聞きながら、窓辺へ寄ったユンギは、再びソウルの街並みを見下ろして、バンドと家と自分には本当にどちらが大事だったのかを考えていた。
★★★★★☆☆☆★★★★★
いつか 君と同じところへ行くんだ
いつか 僕を迎えにきてくれるよね
繋いだ手は 離れてしまったけれど
君のぬくもりは ずっと残ってる
君の代わりだって天使が来たんだよ
震える声で 僕に 言ったんだ
歌わせて あなたの歌を
君も そう 言ったよね
いつか 僕を迎えにきたら
もう一度 そう 言って欲しいな
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